宵の朔に-主さまの気まぐれ-
目が冴えた椿は、ふと喉が渇いて水を飲みに行こうと台所に行くと、そこで米を研いでいた息吹とばったり会って足を止めた。


「あ、椿さんどうしたの?お水?」


「…はい」


「はいこれ。朔ちゃんがつけた傷…どう?」


手を拭きながら椿の手足に走る傷を検分する息吹に動揺しつつ、椿は首を振って口ごもった。


「ど…どうということはありません」


「椿さんが強いから手加減ができないって言ってたけど本当にごめんね、女の子なのに」


――女の子、と言われて心がざわついて、いつもならここでふざけるなと罵倒のひとつでも飛ばすところだが、何故か息吹には苛立ちを感じず、にこにこしている顔を見て小さく頭を下げた。


「あの…夕餉を頂きました。美味しかったです」


「ほんとっ!?わあ、良かった!みんなと食べるのが嫌ならこれから部屋に運ぶから食べてね。…あっ、主さまからは妖はご飯なんか食べないっていつも言われるんだけど、気が向いたらでいいから」


「…はい」


言葉少なな十六夜のおかげで無口な者に耐性のある息吹はそのまま椿の脇をすり抜けて欠伸をしながらかがり火の燈る庭を縁側に座って眺めていた。

椿はなんとなくまだ離れ難く、息吹の隣に座って問うた。


「あなたは私の家の事情を知っていますか?」


「え?うん、一応主さまからね。…どこも色々あるよね。椿さん、話したくないことは話さなくていいの。朔ちゃんにはきつく言っておくから」


「…私に勝ったら話すと約束しましたから。女にも二言はありません」


「ふふ、そうだね。まだ傷が痛いでしょ?お部屋まで一緒に行こ」


何故かそれも断ることができず、椿は息吹と共に自室に移動して、しかも童のように床に寝かしつかれて頬を赤くした。


「じゃあおやすみなさい」


「…はい」


目を閉じると、身体が鉛のように重たくて気怠くて、すぐ寝入った。

息吹と話したことで何かに包み込まれたようなあたたかさを与えられて、熟睡した。
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