宵の朔に-主さまの気まぐれ-
後継者を失ったことにより、内部で密かに騒然となったという。

椿は子が生めず、唯一の後継者となっていた長男は椿に殺され――

椿は頭を悩ませる存在と成り果ててしまい、そこに内部の紛争を知っていた十六夜が声をかけた、ということらしい。

結果椿は肩身が狭かった家から出され、現在に至る。


「…こんな私でも、まだ役に立てることがあるのだと思うと…藁をも掴む思いだったのは確かだ」


「そうでしたか…」


「いつかは役に立てなくなる時が来る…私はお前を仕込むという命を全うした後、あの家にはもう戻らないと決めた。だからもうお前とも会うことはないな」


――胸をかきむしるような想いになりながらも心の闇を話してくれた椿の手をぎゅっと握った朔は、湖面を見つめたままこそりと問うた。


「これからどうするつもりなんですか?」


「分からない。まあ私は強いからな、道場でも開いて技を伝承しながら慎ましく暮らしていくのもいいかなと思っている」


「それは繁盛しそうですね。俺も通いたいんですけど」


「はは、もうお前には教えることがない。ああいや…まだあったか。武を鍛えるのはもう終わった。後は…仕込むだけだな」


意地の悪い笑みを浮かべた椿にぞくっとした朔は、苦笑を浮かべながら後退りをした。


「お前が女を悦ばせることのできる男になれるか否かは私にかかっている。そして私は何事にも手加減はしない。だがこれは主さまは知らないから誰にも話すな」


「は、はあ…」


「あくまでお前が私に勝てたならば、だが。言っておくが手を抜くと殺すぞ。その許可は主さまから貰っている。今夜から開始する」


「開始って…全く色気がないですね…」


「私に色気を求めるな。色気などちっとも備わっていない」


そうでもないけどな、と思いつつ頷いた朔は、この日の夜から椿との逢瀬を重ねた。
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