宵の朔に-主さまの気まぐれ-
椿の過去を知ったことで、より絆が深まったと思う。

頑なだった心は次第に解かれていって、身を委ねてくれるようにもなった――

ただ、この人を好きなのか…愛しているのか――朔には判断できずにいた。

心をより合わせる――そうしなければ、と思っていた。


「師匠、この関係が父たちに知られたらどうなるんです?」


「叩き出されるだろうな。私はお前を誘惑した阿婆擦れだと非難されて追い出される」


「それはちょっとひどいですね。これは勝利の褒美なのに」


「屁理屈というものだ。…さあ、知られないうちに行く」


――逢瀬を重ねてから一ヶ月――

椿は次第に追い詰められていた。


朔に男女の何たるかを仕込むと豪語した割には…最近は自分が仕込まれているのでは、と思うほどの上達。


互いに義務の関係と割り切っているのに、ここ最近ずっと…ずっと、自分自身に違和感を感じていた。

…朔は強い。

強いし、美しい。

妖の魔性の全てが備わり、いずれは然るべき家から然るべき女と夫婦になって子を作り、繁盛していく家――


「私には…子が生めないというのに」


前夫を嫌いだったわけではないが、子を作るのは義務だと思っていた。


だが今は――


「私は…私は…子が欲しいのか…」


どうひっくり返っても無理な願いだ。

朔と身体を重ねていると、無性に愛しくなって、無性に噛みつきたくなってしまう。

とても年下なのに…

この男の、子を生みたい…そう強く願ってしまっていた。


「このままでは…私が危うい」


「その通り」


「!」


朔の部屋から自室に続く廊下を歩いている途中独り言ちていると、返す言葉が在った。

思わず身構えた椿だったが、その声の主がほどんど話をしたことのない十六夜の側近である雪男だと分かると、上目遣いに睨んで警戒した。


「やっぱりこうなったか。夢中になったのはお前の方だった、と」


「…どういう意味だ」


「ここの長男を好きになると苦労するぜ。何せすでにあの魔性っぷり。…主さまたちに知られないうちに、ここを出て行くべきじゃないか?」


「……」


「俺からは以上。入れ込むとろくなことにならないぞ」


すう、と気配を消してどこかへ去った雪男の残した言葉を唇を噛み締めて聞いていた。


そうしなければ、もっと朔を欲しがってしまう――


心がそう警告して、朝まで布団を被ってあらゆる恐怖に耐えていた。
< 344 / 551 >

この作品をシェア

pagetop