宵の朔に-主さまの気まぐれ-
相変わらず朔の朗読は耳に心地よく、短いながらも安らぎの時を得て表情が緩やかになった凶姫は、そろそろ帰らなければならなかった。


「ありがとう月。ねえ、私の話ばかり聞きたがるけど、あなたの話を聞かせてよ」


「知っての通りただのお坊ちゃんだよ。他には?」


「その片時も手放さない刀…ものすごく不吉な感じなんだけど…あなた戦う系の人なの?」


「うん、家業なんだ」


「自由がないのね」


私と同じ、と言わんばかりにため息をついた凶姫だったが――朔自身は家業を疎ましく思ったことはない。

むしろ長く続いてきた血脈に戦いに身を投じる時こそ生きている感じがする何かがあり、それでも凶姫の言い分には一理あると思った。


「自由はあまりないけど、自分で選んだ道なんだ。でも…」


「でも…?何よ」


「でも…ひとり先頭に立って進んでいく道の中で、誰かと共に歩んでみたいっていう願いはある。仲間は大勢居るけど、彼らは俺とは対等じゃないから」


「ふうん…贅沢な悩みね」


「お前は自由を奪われたと思っているんだろう?解放できる術はあるのか?」


――身請けしてくれれば遊郭からは解放される。

だが身請けという機能、莫大な金を積まなければ自由にはなれない。

ましてやどこかの金持ち息子の男に身請けしてもらうわけにもいかず、凶姫は鼻を鳴らしてつんと顔を逸らした。


「ないわね。どこへ行っても私は不幸をまき散らす。今の場所だけがなんとか私を置いてくれる場所だもの。これ以上何も望まないわ」


「ここで出会ったのも何かの縁だと思う。知っての通り俺は戦う系の男だから、またその身を狙われたら…俺が守る」


…胸が変な音を立てて手で押さえて黙り込むと、朔が顔を覗き込んだ。


「どうした?」


「あなた、女泣かせな男でしょ」


「そうでもないと思うけど」


「天然だっていうの?これだから色男は」


着物に付いた花を手で払って立ち上がった凶姫は、朔に背を向けて手を振った。


「じゃあまたね」


「うん、また明日」


凶姫が去った後すぐ雪男たちが向かってくるのが見えたが、朔は――


「…誰かにあんなこと話したのははじめてだな」


自由とは何か――

共に生きたいと願う相手は居ないのにそれを語る自分自身に首を傾げていた。
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