宵の朔に-主さまの気まぐれ-
凶姫が蜜柑の皮を剥いているのをじっと見ていた朔は、こうして誰かに甲斐甲斐しく世話をされること自体には慣れていたが、何故だか少し気恥ずかしい気分になっていた。


「目が見えないのに俺の口がどこにあるのか分かるのか?」


「分かるわよぼんやりとだけど。…はい剥けた。口開けて。ほら、あーん」


童に言うような口調で催促されて顔を近付けた朔の口に蜜柑を投入した凶姫は、さも満足したというやり切った顔で肩で息をついた。


「美味しいでしょ」


「ん、美味い。…ところで凶姫、この前言っていた最終日に一夜を共にするという話なんだけど」


「何よ」


「夜はちょっと用があって行けそうにないんだ。朝は駄目かな」


「朝?私は別にどっちでもいいけど、あなた本当に遊郭に来るわけ?」


「うん。何か問題でも?」


「だってお坊ちゃんでしょ?体裁が悪いんじゃないの?」


「お付きの者にも話したから大丈夫。俺のことはいいからちゃんと話を聞かせてもらうからな」


――まだどこか迷った顔をしていた。

朔は戸惑いの表情を浮かべている凶姫の緩く編んだ三つ編みに触れようと手を伸ばして身体を引かれて拒否された。


「髪も駄目なのか?」


「…用心には用心を、よ」


「ふうん」


相変わらず凶姫の髪には花びらがついていて、慎重に花びらを取ってやった朔が息を吹きかけて宙に舞わせた。


「よほど恐ろしい奴だったんだな」


「……そうね。二度と会いたくない」


「…そうだ、今日も本を持ってきた。遅くなったから短いやつ」


「!読んで読んで!」


離れていた凶姫が身体を寄せてくる。

朔が本を開き、落ち着いた低い声で朗読する。


雪男たちはかなり離れた場所からそれを注視していた。

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