宵の朔に-主さまの気まぐれ-
目の前に黄泉が立っている――

しかも触れられるとなれば、もう身体の震えは最大になっていて、いくら気を張ろうとも言うことをきいてくれない。

左手で石を受け取った黄泉は、その紅玉の如き凶姫の目をしばらく掌で転がして見下ろしていた。

結局はこの目に見合う傀儡は作れず仕舞いか――

何度良好の身体を使って作っても、最終段階で凶姫の目をはめ込むと大失敗に終わった。

最終的には凶姫を傀儡にすればいいのかとさえ考えるようになり、以前以上に冥に気を払うこともなくなっていた。


柚葉から言われた言葉――少しはそうしてやろう、とも思っていた。

だってもうこの右手では傀儡は作れないのだから、冥が最後の傀儡となるのだ。


「芙蓉」


「わ、私の真名を呼ばないで。殺すわよ」


「気の強い女だな。すぐ傍でお前の男が見張っているからどうもしない。目が見えるようになりたいんだろうが」


「…」


唇を噛み締める凶姫にぞくぞくしながら、しかしこれ以上いじめてしまうとそれこそ静かに見守っている朔から殺されてしまいそうで、まずは掌で石を指先に転がしてひとつつまむと、凶姫の右目の瞼の上に押し付けた。


「やるぞ。長い間目が見えていなかったんだから、強い光をしばらくは見るな。分かったか」


「……ええ」


冥はその様子を固唾を呑んで見守っていた。

…無性に嫌な予感がする。

凶姫に対して。

…黄泉に対して。


――黄泉が口の中で何かを呟きながら瞼にさらに強く石を押し付けた。

すると…


石が飲み込まれるようにして瞼の中へ消えて行き、続けて黄泉は左目の瞼の上に石を押し付けると、それもゆっくり飲み込まれて行った。


「朔…朔!」


目が見えるようになったらまず、朔の顔を見たい――


「ここに居る」


凶姫の両肩を抱いて自分の方に向けた朔は、凶姫の瞼がぴくぴく動いているのを息を止めて見つめた。


そして――

そしてゆっくり開いた凶姫の目は――


黒と赤が入り混じり、角度によって鮮やかに光る赤の軌跡に見惚れて、言葉を失った。
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