宵の朔に-主さまの気まぐれ-
この傷はもう助からない――

輝夜に支えてもらって仰向けに倒れ伏している黄泉の元にたどり着いた柚葉は、腹の中心に空いた大きな穴を見て唇を噛み締めた。


…凶姫を責めることはできない。

実際に凶姫は触れられるまで黄泉を殺そうと思ってはいなかったし、触れられたことで交換条件は反故――

憎しみを全て力に変えて、黄泉の腹に風穴を空けたその思いを、責められない。


「主…だから駄目って言ったでしょう…?」


両腕がないため黄泉に触れることができず、膝を折って黄泉の胸元に頭を預けて急速に冷えていく体温を感じながら囁いた冥は、強がってまだ口元の笑んでいる黄泉を見つめていた。


身体の中で、何かが壊れてゆく音が聞こえていた。

黄泉が死に向かっていることによって、自分も‟壊れる”のだな、と感じていた。


「お前、も、道連れで…悪いな、冥…」


「いいえ私のことなんて…もし生き残ったとしても、あなたが居なければ私はがらくたと同じ…」


「そんなことは、ない。お前は…俺の最高傑作だぞ…」


――凶姫は静かに柚葉の元へ歩み寄った。

柚葉と黄泉はほんの少しではあるが心を通わせている――

はじめて見た柚葉はやはり想像通り…いや、想像以上に可愛らしく、一時でもこんな可愛い女が恋敵だったのだと思うと自分はなんて無謀な相手と競っていたのだろうとぞっとした。

そして輝夜もまた目元が朔にそっくりだけれど女と見紛うほど…性がないのではないのかと思うほどに美しく、目が合うと輝夜は感嘆するように息をついた。


「ああきれいですね。無事あなたの元に戻って来てよかった」


「輝夜さん…この未来はあなたに見えていた?」


「見えていましたよ。過程がどうであれ、黄泉は死ぬ定めにありましたから」


「そう…。ねえ柚葉…私はあなたに謝らなければいけない?」


柚葉は少し悲しげに首を振った。


「いいえ姫様。あなたはやるべきことをして、これから平穏を取り戻すんです」


黄泉の目から光が失われてゆく。


その時――冥は何か小さな声で囁いた。

その囁きを聞いた黄泉の目が――


再び光を、取り戻した。
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