宵の朔に-主さまの気まぐれ-
黄泉の顔をはじめて見た。

薄い眉…冷淡に吊った目と薄い唇は嘲るようにして口角が上がり、いかにも底意地が悪そうな顔をしている、と思った。

だがその右腕はなく、胸には輝夜につけられた大きな傷があり、凶姫にはその傷は致命傷に見えた。

そんな風に――そんな風に冷静に黄泉を観察できるとは思っていなかった。

どんなに恐ろしい男かと頭の中で見たこともないような恐ろしい怪物を想像していたが…実際はこういう男が好きな女もきっと居るのだろうな、と思うほど整った顔をしていた。


「お前のような傀儡を…」


また繰り返されて、頬に伸びた左手が…触れた。

触れたら殺す、と宣言した。

父を、母を、一族郎党を手にかけられてこの世でたった独り残された気分になって、村八分に遭って遊郭に売られて男を取らされて、しかも自分を抱いた男は死ぬという呪いをかけられて――

人々の不幸を一心に背負っているような重苦しさに何度潰されそうになったことか。


全て全て――この男が自分をこんな目に遭わせたのだ。


「触れたら殺す、と言ったわよね?」


どすっ――


まっすぐ見上げてきていた凶姫の目を、その唇を吊り上げて笑んだ表情に見惚れていると、身体に何か重たい衝動を感じた。

一体今のは何だったのかとゆっくり自身の身体を見下ろした黄泉は――


腹の真ん中を――凶姫の鋭く尖った爪が貫通しているのが見えた。

貫かれたと分かると、身体がそれに気付いたかのようにして一気に腹から血が溢れ出て、口からつっと血が伝った。


「主!!」


「お前が私に触れなければ、私はお前を殺さなかったのに。…父を…母を…私の全てを奪った男よ…死んで」


「ふ、ふふ…ふふふふ…まあ、こうなることは分かって…いた、さ…」


二、三歩よろめいた黄泉の背中側に居た柚葉は、その腹から凶姫の手が生えているのを見て悲鳴にならない悲鳴を上げた。


冥が駆け出す。

何度も何度もよろめきながら、駆け出す。

そんな大声は一度も聞いたことがなかった。

黄泉は冥の絶叫を聞きながら、倒れた。
< 383 / 551 >

この作品をシェア

pagetop