宵の朔に-主さまの気まぐれ-
ベルンが息を引き取り、アイリスは最期にベルンがしたように目だけ動かして凶姫を見上げた。


「ベルンを恨まないで…彼はそういう生き物だったの。美しいものを作りたくて、あなたに目をつけた。私は美しくないと言われているようであなたを恨んで…私は過去の女に成り果てていたから、彼があなたを好きになったんじゃないかとやきもちを妬いたの」


「…あなた、男を見る目がないわよ」


「ふふふ、そうかもしれない。でも彼、とっても優しい人だったのよ。私にとても優しくしてくれた。根は悪人じゃないんだから。ふふふ…私だけが知ってればいっか」


アイリスが目を閉じる。

ベルンと同じように幸せな笑みを浮かべて、囁いた。


「やっと…私のものに、なるのね…」


それが、最期の言葉だった。


もう動かないふたりを見て、とうとう柚葉が嗚咽を漏らして膝から崩れ落ちた。

ベルンとアイリス――この国では聞き慣れない名で呼び合い、最も傍に居ながらその存在に気付かなかったベルン。

最も傍に居ながら真実を明かさずぞんざいに扱われ続けても文句ひとつ零さなかったアイリス。


「鬼灯様…悲しい…こんなの、悲しすぎる…!」


「…最期は幸せになれたのだから、彼らにとって最高の終焉となったんですよ。あなたが気に病むことはない」


「芙蓉…」


凶姫は逆に、声もなく涙を流していた。

目が見えるようになってはじめて流した涙は熱く、朔の手を強く握ったままもう動かないふたりをずっと見下ろしていた。


「私…感謝されるようなことは何ひとつしていないのに…」


「でも幸せそうな顔をしてる。芙蓉…師匠とこのふたりを弔ってやろう」


「……ええ」


「さて、と」


気の抜けた合いの手。

皆がそののんびりした声を上げた輝夜を見た。


「私も、行かなければ」


朔が柚葉が――最も恐れていた別れの言葉を告げようとしていた。
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