宵の朔に-主さまの気まぐれ-
輝夜が制約を破って柚葉を助けに行ったことで、この弟が旅をやめて共に暮らすという夢を諦めたことを朔は知っていた。

だが輝夜はそれを悲しむ様子も見せず、茫然と見上げてきている柚葉の頭を撫でて、微笑んだ。


「なんて顔をしてるんですか」


「だって…鬼灯様…あなたの助けがなければ私たちは生きてなかったかもしれないのに…!」


――それは、去り際に必ずと言っていいほど救済してきた者たちから言われてきた言葉だった。

それを柚葉の口から聞いた輝夜は、肩を竦めて腰に手をあててまた笑った。


「いいんですよ。これが私の生き方ですから」


「だけど輝夜。お前はもう…もう旅には出ずここで暮らしたいと前に言っただろう?そうはできないのか?」


「できません。だってもう鬼灯の実の色は青くなってしまったのですから。この実が熟した時、私の旅は終焉を迎えるのです」


空を見上げた。

空の上から見ている者の許しが無ければ、旅を自身の意思で終わらせることはできない。

だけど。

だけれど――離れ難いと思う。

この場所から。

兄の傍から。

…柚葉の傍から。


「鬼灯様。望んで下さい」


「え?」


「あなたが旅をやめてここで暮らしたいと思うのなら、強く願って下さい。どうしてあなただけが苦しまなきゃいけないんですか?私たちはあなたに救ってもらっても、あなたは苦しんで悲しんで…救われない。そんなのおかしいです!」


輝夜は一生懸命言い募る柚葉にちゃんと打ち掛けを着せてやりながら困ったように小さく笑った。


「しかし私の命は元々生まれてこなかったんです。それを救われたからこそ、今の私があるんです。だから私は日々感謝しながら生きていますよ」


「そんな…そんな…鬼灯様……っ」


柚葉は、ぎゅうっと輝夜を抱きしめた。

抱きしめて、小さく囁いた。


「ここに居て…輝夜様…!」


――真名を呼ばれたその瞬間――

輝夜は目を見張り、胸を押さえて動かなくなった。

いや、動けなくなった。
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