宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔の元へ向かうと――輝夜は一斉に皆に取り囲まれた。


「どこがどう変わったんだ?何も変化ないようだが」


「変わりましたよ。ですが彼らが言ったように徐々に変化してゆくもののようですからのんびり待ちます。ところで兄さん、私の今後ですが」


――今後。

弟ができてからというものの、この弟が心配でたまらなくて案じるばかりだった朔は、輝夜の肩をぐっと掴んで唇が触れ合いそうなほどに顔を近付けて目力を発揮した。


「ここに居ろ。お前の居場所は最初からここなんだ。‟はい”以外の返答は認めないからな」


「わあ、俺様発揮ですね。そうですねえ…」


‟はい”と言わず思案する輝夜の背中をずっとつまんでいた柚葉は、力を込めてきゅっと引っ張って振り向かせた。


「どこにも行かないでください」


「そうですねえ…約束もありますしねえ」


「その約束ってなんなんだ?」


「それはですね、お嬢さんの処…」


「ほ、鬼灯様は以前から旅をやめてここに居たいって言ってたじゃないですか!答えは決まってるのにそうやって迷ってるふりをしてみんなを不安にさせるのはやめて下さいっ」


輝夜が答えようとする声をかき消す勢いで大声を上げた柚葉に皆がきょとん。

この穏やかな娘にこんな激しい一面があるのかと皆が目を白黒させていると、柚葉は顔を真っ赤にしてその場にうずくまった。


「は、恥ずかしい…」


輝夜は、自身の視界に柚葉が入る度に沸き上がるあたたかいものを感じていた。

それは今まで感じたことのないもので、笑いながら柚葉の手を引っ張って立たせると、朔に頭を下げた。


「兄さん、ここに居させて下さい。兄さんを手伝わせて下さい」


「もちろん最初からそのつもりだ。輝夜、よろしく頼む。そしてお帰り」


また輝夜に皆が群がり、頭を代わる代わる童の時のように撫でられて照れている輝夜を微笑ましく見ていた朔だったが――ひとつ気がかりがあった。


「ところで芙蓉」


「えっ?な…なに?」


輝夜がここに残ると分かって喜んでいたものの、人と接するのはあまり得意ではなくもじもじしていた凶姫に朔がにっこり笑いかけた。


「どうして俺の方を見ないんだ?目が見えるようになってからほとんど目が合ってないんだけど」


ぎくり。

朔、さらににっこり。


「俺を見ないのは何か理由でもあるのか?」


ぎくぎくっ。


美しい鬼に、追い詰められていた。
< 394 / 551 >

この作品をシェア

pagetop