宵の朔に-主さまの気まぐれ-
息吹は張り切って料理を作っていた。

十六夜は百鬼夜行に出て行ったが――いつも無表情の男が今日はどこかうっすら笑みを浮かべて浮足立っている様子で、隠れ子煩悩な十六夜が輝夜の帰還を実は誰よりも喜んでいるのではないかと思わせるほどだった。


「息吹さん、お手伝いします」


「柚葉ちゃんありがと。姫ちゃんも手伝ってもらえる?大所帯だから沢山作ってあげなくちゃ」


「え、ええ。私は何を作ればいいの?」


黒と赤の光が乱反射する美しい目にため息が漏れた息吹は、玉葱と包丁を手渡したものの、包丁を握る手が小刻みに震えているのを見てその目を覗き込んだ。


「どうしたの?」


「あ、あの…私実はその…料理をあまり作ったことがなくて…」


「うんいいよ分かった!じゃあ玉葱の皮を剥いてもらえる?」


「はい、それなら」


仕込み甲斐がある――密かににまにました息吹だったが、台所できゃっきゃと声を上げていると、そこに朔がひょっこり顔を出した。


「母様、何か手伝うことは?」


「大丈夫だよ。朔ちゃん怪我もしてるんだし大人しく座ってて」


「はい。輝夜、行こう」


朔が現れて緊張して声をかけれなかった凶姫だが……

朔と共に顔を出していた輝夜の劇的な変化に、柚葉と共に首が変な音を立てそうな勢いでもう一度振り返った。


「輝夜さん!?」


「ほ、鬼灯様!?」


振り向いた時はすでにふたりの姿がなく、ふたりはあわあわしながら息吹に何度も頭を下げた。


「あ、あの、ちょっと見に行って来てもいいですか!?」


「え?うん、どうしたの?」


振り向けなかった息吹が不思議そうな声を上げたが、ふたりは少しの時間でも惜しいと言わんばかりに台所を飛び出て居間に向かった。


「ねえ、柚葉、今の…見たわよね!?」


「みみみみ見ました!あれは…鬼灯様ですよね!?」


「よね?やっぱりそうよね!?」


脚がもつれそうになりながら居間へ突入すると――件の主はのんびり茶を飲んでいた。

そして後姿だけでもその変化は如実に分かった。


「鬼灯様……?」


「はい、どうしました?」


振り返った。

振り返った輝夜は――


腰まで届く長い髪が…短くなっていた。
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