宵の朔に-主さまの気まぐれ-
実はまだ居座っている海里も一緒について来ようとするのを輝夜が押し止めて風呂場に着いた朔は、脱衣所で腕を抜いて上半身を露わにすると、凶姫から悲鳴を上げられて手が止まった。


「きゃあっ!ちょっと!脱がないでよ!」


「脱がないでどうやって風呂に入るんだ?」


「待って!後ろ向いてるから脱いで先に行ってて!前は絶対手拭いで隠してて!」


「注文が多いな。お前もちゃんと脱いで来るんだぞ」


…そうだった…。

自分も脱がないと朔の介助をすることができない――

身持ちの固かった凶姫は、男の裸に慣れていない。

朔が中へ消えて行くと、布は薄いが湯着という浴衣に似たものを着て朔の後を追っていったが――ものすごくがっかりされた。


「なんだそれ。見えない」


「見なくて結構よ。ところで朔…う、後ろを向いてて!見るに堪えないわ!」


「見るに堪えないとかひどいことを言うじゃないか。ほら、座ったぞ」


檜製の腰掛けに座って背を向けた朔の背後に立った凶姫は、実は父以外の男の裸を見たことがなかったため、手桶で湯を掬おうにも手が震えて何度も失敗して朔に笑われた。


「何やってるの」


「頑張ってるんだから話しかけないで!」


ようやくなみなみと手桶に湯を掬うと、豪快に朔の頭上からばしゃっとかけて、茫然とされた。


「ちょっと…もっと優しく」


「ご、ごめんなさい。石鹸はどこかしら…」


振り向かないまま朔に石鹸を渡された凶姫は、丁寧に泡立てて髪を洗ってやりながらも引き締まった身体や使いこまれた背筋が目に入って思わず息が荒くなった。


「なんなの、俺もしかして今から襲われる?」


「襲わないわよ!ちょっと見慣れないだけだから緊張してるのよ。からかわないで静かにしてて!」


濡らした手拭いに石鹸をこすりつけて泡立てて、震える手を叱咤しながら朔の背中を擦ってやった。

手に伝う体温と感触――

それを感じるだけで上せそうになって、眩暈を感じた。
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