宵の朔に-主さまの気まぐれ-
背中側はなんとかきれいに洗ってやることはできたが――肝心なのは正面だ。

ちょっと目に入っただけで、引き締まった腰や胸をばっちり見てしまったのに、あれに触るとなったら――


「目が見えなかった時の方が大胆だったけど。俺を襲ったり」


「目が見えない方が視界に入るものが何もないから大胆になれるのは当然よ。でも私…もう目が見えるじゃない。一体あなたの何を見ればいいのよ…」


「全てを。今まで見えなかった分、沢山俺を見てほしい。触ってほしい」


凶姫の手を引いて正面に立たせた朔は、手を握ったまま凶姫を見上げて熱が籠もった目でその胸を射抜いた。

一度心眼の術で見た時はほんの少しの間だったため長い間見れなかったが…今は違う。


「さ、朔……」


「照れるのも分かるし恥ずかしいのも分かる。でも俺はお前の全てを見てるし知ってるし、触ってる。だから今度は俺をちゃんと見て」


――子を授かった。

何度も何度もその腕に抱かれて、ここへ来てから寂しい思いをすることなどほとんどなかった。

こうして避け続けることがよくないのはもちろん分かるし呆れられるのもいやだ。


「あなたがきれいで強くて美しい男だから恥ずかしくないわけないじゃない。私はあなたに余すことなく見られてるのよね?」


「うん。見てないとことかない位に」


「じゃあ私も見なくちゃね。ちゃんと見るから…でも目が見えるようになってまだ少ししか経ってないでしょう?刺激物を目にするのはちょっと…」


「刺激物とか重ねて失礼な奴だな。まあいっか、ほら!」


「え?きゃあーっ!」


今度は朔からお返しと言わんばかりに頭上から湯を浴びせられた凶姫が茫然とする中、朔は凶姫を抱き上げてそのまま湯船へ向かって湯に浸かった。


「湯着が透け透けで裸よりやらしく見えるな」


「ちょ…ちょっと待って、見ないで…」


「じゃあこっちを見て」


朔に顎を取って上向かせられると、目が合った。


朔は凶姫の黒や赤に変化する目に見惚れ、凶姫は朔の目の中に瞬く妖気の結晶に見惚れて、今から何をされるのかを予感して震えた。


「焦らないから。でも唇だけ…唇だけ欲しい」


「ええ……私も…」


待ちかねていたように唇が重なり、舌が絡まって朔にしがみ付いた。

どんどん身体から力が抜けるのを感じて、支えてもらいながらもそれは止まらず――


愛している男を見ることができるようになって、無限の喜びを感じていた。
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