宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「黄泉を弔うってあなた正気なの?」


「黄泉を弔うというよりも師匠を弔いたい。いやか?」


「…あの女の人、私の心がささくれ立つことばかり言ってたわ。あなたに色々教え込んだとかあなたの子を生みたかったとか…」


凶姫を膝に乗せたまま湯船に浸かっていた朔は、指で唇を触ったり目を覗き込んだり忙しなくしながら肩を竦めた。


「あれが女同士の戦いってやつかな」


「当然でしょう?私をけしかけようとしてたわ。恨んでも恨んでも恨み切れないという目で見られて怖かった」


…椿はこの屋敷に恨みを遺したまま死んだと言っていた。

それに気付かなかった自分も反省しなければいけないし、二度と同じことが起きないように晴明に清めてもらわなければと思いながら、湯着の上から凶姫の腹に触れた。


「俺は師匠を殺した。ああしなければ師匠は止まらなかったから。この業は…一生背負わないと」


「朔…」


「体調は大丈夫?つわりは?」


「そういえば…今日は色々なことが起きすぎて忘れてたわ。お腹も空いたし」


「そうだな、じゃあ食べに戻ろう。ちなみに俺はお前を食べたいんだけど」


胸元からするりと大きな手が入り込んできて思わず声を上げた凶姫は、朔の目が濡れているのを見て両手で口を覆った。


「ちょっと待ってほしいって言ったでしょう…!?あなたは刺激物なんだから」


「じゃあ目を閉じていたらいい。俺はお前に触りたいんだ」


朔の手は止まらず、上せそうになってそれを押し止めることもできなかった。

風呂場に響く自分の声が恥ずかしくて我慢している姿が余計に朔を煽り、張り付いた湯着を脱がしにかかられてさすがにそれは頭を叩いて叱った。


「駄目っ」


「…目が見えない方が良かったかも」


ぽつりと呟いて不満そうにしている朔が可愛らしく、笑みを誘われて朔の首に手を回して抱き着いた。


「柚葉たちはどうなるのかしらね」


「んん、柚葉には悪いけど逃れられないと思う。あいつに狙われたのが運の尽きかな」


――まさにその時、柚葉は縁側で笑顔を絶やさない肉食獣に追い詰められていた。
< 403 / 551 >

この作品をシェア

pagetop