宵の朔に-主さまの気まぐれ-
居間は輝夜と柚葉以外誰も居なかった。

息吹は台所で料理中で、朔と凶姫は風呂――

雪男と朧は黄泉たちを弔うためめの準備のため墓地に出かけていて、十六夜は百鬼夜行に出て行った。

鈴虫の声が庭のあちこちで聞こえる中、柚葉は…がちがちに緊張していた。

いや…緊張というよりも、身構えていた。


「お嬢さん、肩が凝りませんか?がちがちですよ」


「え!?い、いえ肩なんて凝ってませんよ。ちょっと疲れてはいますけど…」


黄泉の傷を癒すために治癒の術を使ったため、実はへとへとだった。

そんな中凶姫と風呂にも入ってしまったため、正直いって…かなりへとへとだった。


背もたれがあれば寄りかかりたい位に――


「今日は大変でしたね。あなたも危険な目に遭いましたし…怖くありませんでしたか?」


「怖かったですよ、とっても…。でも姫様が連れ去られるよりもいいかなって」


「あなたは献身的ですねえ。大して力があるわけでもないのに何故そうやって何度も身を挺してしまうのですか?」


そう言われてはたと考えた。

頭で考えるよりも身体が動いたという感じで、朔との間に生まれる子までも奪われてしまいかねない状況で咄嗟に身を挺したというのが正しかった。


「だって姫様が危ない目に…」


「あなたもそれは変わりませんよ。もし私が行かなければ…」


そこで言葉を切って黙り込んだ輝夜を見上げた柚葉は、その端正で柔和な横顔から笑みが消えているのを見て思わず袖を握った。


「ごめんなさい、迷惑をかけて…」


「迷惑だとは思っていませんが、もう二度としてほしくはないですね」


どこかつっけんどんな物言いにしゅんとなった柚葉が袖を掴んでいた手を離そうとした。

だがその手は輝夜によって優しく握られて、顔を上げると笑みが戻っていてほっと胸を撫で下ろした。


「ところでお嬢さん」


「はい?」


「疲れているんでしょう?さっきから身体がゆらゆらしていますよ。不肖この私が背もたれになって差し上げましょう。さあどうぞ」


――両腕を広げて待ち構える輝夜。

さらに、がちがちになった。


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