宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「ん、痛…っ」


「どうした?どこが痛い?」


下りは自分で歩くと言って自らの足で山を下りていた凶姫は、腹が痛んだ気がして顔をしかめた。


「痛いっていうか…違和感?お腹の中から強く蹴られた気がしたの。この子、乱暴者ね」


「俺はめいっぱい甘やかすけど、雪男も居るし乱暴者だとしてもしっかり教育するから大丈夫」


「ねえ朔、この子は次の百鬼夜行の主になるんでしょう?そうなるとあなたは隠居よね?」


正直隠居することなどまだ全く考えていない朔は、凶姫が足を滑らせないようにしっかり手を繋いで笑った。


「まだすごく先の話だぞ。俺の父様は俺が生まれても長い間当主だったし、そこらへんは当主が決めていいみたいだし…。でも女だったら前例がないからどうなのかな」


今まで代々の当主は男だったが、もし腹の子が女で力に恵まれず、そして自分たちが二子目に恵まれなかったら――この子が次代の当主になるか、もしくは朧や今後生まれるかもしれない輝夜夫婦の子が当主になる可能性もある。

その辺に関しては特に屈託のない朔は、とにかく母体が安全であり、彼女の居心地の良い場所を作ることに専念しようと思っていた。


「母様は平安町のお祖父様の屋敷で出産することが多かったんだけど、お前はどうする?」


「私は…ここで生みたいわ。駄目?」


「駄目じゃない。どの部屋でも構わないし、必要なものは全部用意するから言ってほしい」


「ふふっ、お坊ちゃま発言」


赤く黒く乱反射する美しい目が緩んで、顔を寄せた朔はその瞼にちゅっと口付けをすると、ひょいっと凶姫を抱きかかえて文句を言われた。


「歩くって言ってるでしょう!?」


「危ないから駄目。芙蓉、お祖父様から難産って言われた件だけど、注意してほしいんだ。注意しようがないかもしれないけど、何かおかしいなと思ったらすぐに言ってほしい。いい?」


「ええ、分かったわ。あ、ほら…また動いた」


ぽこん。

手形が浮き出るのではと思うほど腹の中から強く衝動が伝わってきて、ふたり笑い合って屋敷に戻った。
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