宵の朔に-主さまの気まぐれ-
屋敷に戻った朔は、戻って来ていた輝夜たちと、何故か居る息吹を見て一瞬不安がよぎったが――息吹の笑顔を見てほっと胸を撫で下ろした。


「ちょうど良かった。母様、実は今、山の祠に行っていたんです」


「そうなの?ちゃんとご挨拶できた?お嫁さんを紹介できた?」


朔は笑って頷いたが、お嫁さんと言われて顔を赤くした凶姫はもじもじ。

そして輝夜の背中に隠れていた柚葉ももじもじしていて、居間で茶を飲みながら息吹は食卓に身を乗り出して長男と次男の顔を交互に見た。


「ふたり同時に祝言を挙げるなんて素敵っ。準備はすっごく大変になるから私も手伝うね。後ね、今日は姫ちゃんに会いに来たの」


「え…私に…?」


「そう。これを見てほしくて持って来たの」


息吹が懐から取り出したのは大きめの帳面で、かなり使い古されていて角はぼろぼろになっていた。

だが表紙に『日記』と書いてあるのが見えて今度は凶姫が身を乗り出していると、息吹はそれぱらぱらと捲って見せた。


「朔ちゃんがお腹の中に宿った時から朧ちゃんが生まれるまで、全部書いてあるの。いつつわりが来て、何百日目で生まれたか…全部だよ」


「そうですよ、私も輪ちゃんがお腹の中に宿った時に見せてもらいました。私も何度か難産になったけど、母様がつけていた日記を見て参考にしてきたので姫ちゃんもぜひ」


「なので!今日は直接指南に来ました!つわりはもう収まってるんだよね?姫ちゃん腰が細いからちょっと心配だし、指南受けてみない?」


晴明から難産体質だと言われたばかりだった凶姫は、深々と頭を下げて声を震わせた。


「お願いします。私…無事に生んであげたい」


「母様、俺もその指南を受けていいですか?芙蓉はここで生みたいと言っているので俺も出産に立ち会いたくて」


「いいよ、じゃあついでに輝ちゃんも今後のために柚葉ちゃんと私の指南受けてみない?」


「ええ、それは是非」


師となった息吹は偉そうに胸を逸らしてふんぞり返ると、雪男に笑われた。


「なーんか頼りないんだよな。朧、お前も指南する側で色々教えてくれば?」


「そうですね、じゃあ私も参加します!」


ぴっと手を挙げて挙手した朧もまた偉そうで、皆が笑いに包まれた。
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