宵の朔に-主さまの気まぐれ-
客間に移動した朔たちは、遅れてやって来た息吹の手にちょうど赤子ほどの人形を抱えているのを見てごくりと喉を鳴らした。


「これはね、お祖父様が朔ちゃんをお腹に宿した時に作ってくれたの。この人形で抱っこの仕方や重たさとかを勉強したんだよ。主さ…十六夜さんもこれで沢山練習したんだから」


「父様が?それは初耳です」


「十六夜さんは不器用だからとっても苦労してたよ。朔ちゃんが生まれてすぐ抱っこしてくれた時もおっかなびっくりだったけど、泣いてた朔ちゃんはすぐ泣き止んだの。これは人形だけど、赤ちゃんと同じ大きさと同じ位の重たさだから、これで練習してね」


それから凶姫と柚葉は息吹から日記を読み聞かせてもらい、朧はその間に朔と輝夜に抱っこの仕方を教えてやっていたが――朔は朧の子を何度も抱っこしていたため慣れていたものの、輝夜はおどおど。


「そんなんじゃ駄目ですよ。分かりました!うちの一番小さい子を連れてくるから待ってて!」


「あ、本物はまだちょっと怖いのですが…」


輝夜が呼び止めようとしたが朧はものすごい速さで部屋を出て行き、息吹の読み聞かせを真剣に聞いていた凶姫は、どうやって子を出産するのかを事細かに聞いていて不安にかられていた。


「そんな…怖いわ…。それに痛いんでしょう?」


「すっごく痛いよ。でも生んで赤ちゃんの顔見たらすぐその痛みなんて忘れちゃうの。陣痛がきたら朔ちゃんに手を握ってもらっていてね。腰を摩ってもらったり我が儘言ったり、なんでもしていいんだから。だってこっちは十月十日お腹に抱えて人を生むんだから、ちょっとの我が儘位なんてことないよ。ね、朔ちゃん」


縋るような目で見つめてくる凶姫の隣に移動した朔は、人形を器用にあやしながら安心させるように笑った。


「どんな我が儘でもいいし、なんでも用意してやる」


「あなたが傍に居てくれればいいの。私の手をずっと握っていてね」


熱々な様子を見せつけられてぽっと頬を染めた息吹は、今まで朔が大勢の弟妹たちをあやして一緒に面倒を見てくれていたのを知っているため、出産後のことはまるで心配はしていない。


「指南はまだまだ続くんだから。みんな正座!」


さっと皆が正座して指南は再び再開されたが、輝夜のみが朧が連れてきた本物の赤子の抱っこに苦戦して皆に笑われた。
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