宵の朔に-主さまの気まぐれ-
その夜の百鬼夜行には随分身が入って、銀はふたりの髪を代わる代わるくしゃくしゃにかき混ぜて八重歯を見せて笑った。


「お前たちは分かりやすいな」


「嫁を貰うんだから、冷静なはずない。お前だって若葉を嫁に貰う時は毎日嬉しそうだったじゃないか」


「俺の時は若葉はすでに病に罹っていたんだが、まあ嬉しかったな。だがうちの息子は毎日不機嫌だぞ。やりにくいからどうにかしてくれ」


銀と若葉の間に生まれた焔は朔に心酔して、心酔以上の感情を抱いているため、嫁を貰うと伝えてから話をするのを避けている節があった。

次代の百鬼夜行の主――つまり自分の息子か娘の百鬼として再契約するかもしれない焔がもしそれを渋った場合、少なからず打撃となる。


「ん、俺もそれは危惧していた。ちゃんと話をする」


「前方はお任せを」


輝夜と銀に先頭を任せて後方のしんがりを務めていた焔の元まで行った朔は、目が確実に合ったのにさっと目を逸らした焔の肩をぽんと叩いた。


「最近あまり話をしてないな。もう俺と共に駆けるのはいやになったか?」


「…いえ、そうではありませんが…」


「俺が嫁を貰うから?」


「…腹に子まで居るとあっては近い未来あなたは隠居されるということ。でしたら私はもう…」


やはり去るつもりなのだと知った朔は、ぎゅっと肩を抱き寄せて焔をどきりとさせた。


「お前が居ないと困る。お前はまだ若く、そしてまだ伸びしろがある。俺はお前を離すつもりはないぞ。何せものすごく買っているからな」


「私を…ですか?」


「ああ。それに子が生まれるといってもあと数十年は隠居するつもりは全くない。だから数十年は俺の傍に居て、考え直してくれ。いいな?」


――朔に買われていると知って無意識に尻尾や耳がぴょこぴょこ動いて喜びを表現すると、朔はそのふわふわの尻尾をさらりと撫でて焔をさらにどきどきさせた。


「ぬ、主さま…尻尾を触られるのはちょっと…」


「お前が望むできる限りのことは叶えてやる。好待遇だと思わないか?いい返事を待っているからな」


言いたいことだけ全部言い切って前方に戻ってしまった朔を茫然と見つめた焔は、‟できる限りのことは叶えてやる”と言われて妄想が膨らんで、それからずっとにやにやしてしまって銀に気持ち悪がられた。
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