宵の朔に-主さまの気まぐれ-
翌日晴明は凶姫の検診中に確信を得て腹の上に手を置いた。


「出産は春頃とのことだったのだが…少し早まりそうだよ」


「え…どうしてですか?」


「腹の中で育ちすぎているのだ。臨月までこのままでいると、なおいっそう難産になる。早めに腹の中から出してあげるのが子のためだろうね」


朔と凶姫は顔を見合わせて表情を曇らせた。

難産は確定しているし、しかも臨月まで放置していると本当に母体にまで危険が及ぶ――誰もが晴明を信頼しているためその言葉の重みに朔は身を乗り出した。


「お祖父様…どうすれば…」


「やむを得ないが、ひとつ方法はある。私が薬を煎じるからそれを毎日湯に溶かして飲みなさい。陣痛を誘発する薬故に飲み始めるといつ生まれるかは分からぬが」


初産で難産――凶姫は大きく肩で息をついて、寝ころんだまま朔の指をきゅっと握った。


「大丈夫よ。この子が早く出て来たがってるのなら出してあげなくちゃ」


「そう…なのかな。お祖父様、その薬は身体に悪いものではないんですよね?」


「良くはないが悪くもないね。何せ強制的に陣痛を誘発するのだから、副作用もそれなりにある。だが朔、このままにしておくと腹を突き破って生まれてくる。そうなるとそなたの妻の命は…」


「分かりました。お祖父様、お願いします」


深く頭を下げた朔の肩をぽんと叩いて晴明が部屋を出て行くと、難しい顔の朔に対して凶姫はつらそうに腹を撫でながら笑った。


「少し早く会えることになりそうね。朔、そんな顔しないで。笑って」


「俺は…怖いんだ。こんなに恐怖を感じたことはない。不甲斐ないな」


「そんなことないわよ。あなたがそうやって憔悴する顔も素敵。慰めてあげるから隣に来て」


苦笑した朔は言われた通り凶姫の床に潜り込んで腕枕をしてやると、全く恐怖の色のない凶姫の頬を撫でた。


「薬を飲み始めたらなるべく早く帰って来る。後はぎんにでも任せておけばいい」


「ふふ、そんなんじゃ当主失格よ?」


「失格でもいい。芙蓉…」


朔の花のような香りに包まれて目を閉じた。

不安は本当に全く覚えていなかった。

自分の命が危うくなると知っても、この子は必ず生んで見せる――


強い覚悟を胸に。
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