宵の朔に-主さまの気まぐれ-
結局その日に産気づくことはなく、誰かが傍に居てくれる安心感からか、凶姫はよく眠るようになった。

時々皆が見舞いに訪れては凶姫の腹に触れて‟早く生まれて来い”と願い、すやすや眠る凶姫の傍には朔や柚葉が片時も離れず雑談を交わしていた。


「ところで柚葉は芙蓉より年上だけど、‟姫様”と呼ばれるのをやめてほしいって言ってた」


「でも…今更芙蓉さんなんて呼べないし、呼び捨てなんてもっと無理です…」


「お前たちはふたりとも姫なのに変わりはないんだから、できたらもっと距離を縮めて接してやってほしい」


「そう、ですね…じゃあ目が覚めたら芙蓉ちゃんって呼んでみようかな」


ぷっと吹き出した朔と楽しく談笑していると、息吹がひょっこり現れて凶姫の傍に座ると、腹の上に手を置いた。


「お薬飲んでからよく寝てるね。副作用がつらそうだから、見てるこっちもつらくなっちゃう」


「でも傍に居ると安心するみたいでよく寝ます。そういえば母様に腹を触られるとなんだか不思議な感触がするって言ってました」


息吹は元々大きな目をさらに大きくして頬を寄せると、腹の上に耳を当てて目を閉じた。


「私の声が聞こえてるのかなあ?赤ちゃんこんにちは、お祖母ちゃんですよー。出て来たくなったらいつでも出てきていいんだからねー」


「…ぅ…っ」


――直後、凶姫が小さなうめき声を上げてうっすら目を開けた。

気色ばんだ朔が枕元に駆け寄ると、凶姫は慌てた様子で朔の袖を握って起き上がろうとした。


「朔…朔…っ、お腹が…お腹が変なの…!」


「姫ちゃん、どこも痛くない?お腹は大丈夫?」


動揺を隠せない凶姫は、下半身がずきずきと痛んでいる気がしてきゅっと唇を噛み締めると、今度は縋るような目つきで息吹に助けを求めた。


「痛い、と思います…。息吹さん…これって…」


「陣痛…だね。大変!準備しなくちゃ!朧ちゃーん!」


息吹が部屋から飛び出て行くと、朔は痛みに顔をしかめる凶姫の手をぎゅっと握った。


「傍に居るから。落ち着いて」


覚えたことのない痛みにただただ耐えて、頷いた。
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