宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朝方に陣痛が始まり、夕暮れになっても生まれてくる気配はなく、早々に駆け付けていた晴明は凶姫の足元で様子を見ながら顎に手をあてて考えていた。


「薬で陣痛が始まったのはいいとしても、これはかなりの難産になるやもしれぬ」


「父様…それは姫ちゃんの痛みが長く続くってこと…?」


「そうだねえ…私の術で痛みを軽減することは可能だが…」


「いえ、いいの…私、頑張るから…」


息吹と晴明が話をしているとそこに凶姫が苦痛に耐えながら唸った。

これは生みの苦しみ――

もしこの痛みが術で軽減されたとしたら、これから何人も生む予定なのに今後も耐えきれる自信がない。

命に代えても生んでみせる。


「そうか…。だが子が産道を通って下がってきているから安心しなさい。朔、そなたは百鬼夜行の時間では?」


晴明に指摘された朔は、‟百鬼夜行なんてしてる場合じゃない!”と思わず声を荒げそうになった。

それを口にこそ出さなかったが一瞬表情に出てしまったため、歯を食いしばりながらようようと立ち上がろうとした時――


「兄さん、私が代わりに行きますよ」


「輝夜…いいのか…?」


「ええ。その代わり、私とお嬢さんの子が生まれる時は、私は不在でいいですよね?」


にこっと微笑んだ輝夜をぎゅっと抱きしめた朔は、小さく恩に着ると呟くと、凶姫の枕元に戻って部屋の隅に控えている十六夜に一応声をかけた。


「父様、構いませんよね?」


「…ああ。当主はお前だ。お前の好きにするといい」


「そうだよ朔ちゃん。はじめての赤ちゃんなんだから傍に居てあげて」


頷いた朔は、凶姫の額に浮かぶ汗を拭ってやりながらまた手を握った。

驚くほどの力で握り返してきた凶姫の腹に触れて、力の限り祈った。


凶姫も子も無事に生まれてきてくれ、と――


< 498 / 551 >

この作品をシェア

pagetop