宵の朔に-主さまの気まぐれ-
明け方を迎えても一向に状況は変わらず、体力を使い果たした凶姫は気絶するように短い睡眠を取りつつも、間隔を空けてやってくる激痛にまた目を覚ましてうめき声を漏らしていた。


――傍に居ながらも、何もできない。

朔の焦燥感はどんどん増していって、息吹が出産する時は必ず傍に居た晴明もこのお産に関しては危機感を抱いていた。


「このままでは凶姫が先に息絶えてしまう。そなたは不本意だろうが、ここは私の術を使って痛みを軽減…」


「待って…待って下さい…私、ちゃんと生めます…!」


「いいや、もうここらが限界だよ。朔、いいね?」


凶姫ではなく朔に了承を得ようとする晴明の言葉に何度も凶姫が首を振ったが、子の命よりも先に凶姫の命を救う方が大切なのでは――だが子がこれで死んでしまったとしたら自分たちは耐えられるだろうか、と懊悩した朔は、額を押さえて小さな声で呟いた。


「お祖父様…お願いします」


「相分かった。すぐに痛みは引いてくるから安心しなさい」


「待って…待って…!」


――お願い。

誰か、お願い…私の赤ちゃんを助けて。

お腹の中で死んでしまうなんて、絶対いや。

私はどうなってもいいから、お願い――


「父様…待って!」


腹に手をあててまさに晴明が術をかけようとした時――息吹がそれを手で制して縁側に通じる障子の方を見つめた。

息を止めて耳を澄ましていると、障子を挟んだ縁側に…ふたりの人影が見えた。


「歌声……?」


歌が聞こえる。

それはとても耳に心地よく、高い女の声と低い男の声が絶妙に絡み合い、題名は分からないがとても安心する歌が聞こえていた。


「天使様…?」


肩を寄せ合いながら歌を唄うそのふたりを、最早皆が知っていた。


するり、するり――


凶姫がはっとして腹を押さえた。

痛みはあったが――子がどんどん参道を下って今まさに生まれ落ちようとしているのを感じて、朔の手をぎゅっと握った。
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