宵の朔に-主さまの気まぐれ-
凶姫の腹がぼこぼこと動いたのを見た晴明は、凶姫の足元を見て驚愕した。

すでに頭が見えつつあり、慌てて袖を捲ると凶姫に呼びかけた。


「力むのだ。もう頭が見えているからね、もうすぐだよ」


今も歌声は聞こえている。

まるでその歌声に呼応するようにして生まれてこようとする我が子を必ずこの腕に抱いてみせる――

その執念でもって思い切り力んだ凶姫は、また朔の手に爪を立ててぎゅっと目を閉じた。


「頑張れ…頑張れ、芙蓉…」


朔の呼びかけにも答える余裕はなく、ただするすると子が下がっていくのを感じていた。


「姫ちゃん、あともうちょっと!最後に思い切り力んで!」


「う、う、うぅ、んっ!」


――ぽん。

本当にそんな音がした気がした。

急に喪失感を覚えて茫然としていると――


「んぎゃぁ、おぎゃあっ!」


可愛らしいその声。

足元から大きな泣き声が聞こえて、息吹や晴明が慌ただしく足元で何かをしていて、清潔な手ぬぐいで丁寧に包んで大きく泣くものを胸に優しく抱かせた。


「女の子だよ、姫ちゃん。おめでとう!おめでとう、朔ちゃん!」


「生まれた…!私…ちゃんと生めたわ、朔…!」


「ああ…ああ、なんて可愛いんだ…!」


小さな赤子は真っ赤で、真っ赤な顔をして大きな声でずっと泣いていた。

朔は感動で胸が打ち震えながらもまだ障子越しに在るその人影に近寄って、障子にそっと手をあてた。


「ありがとう…また救われた」


ふふふ、と笑うふたりの声。

人影はすうっと立ち上がってまるで溶けるように消えてゆくと、感動して泣いている柚葉と共に凶姫の元に戻って
またその赤子に見入った。


「女の子だから…主さま似ですね、可愛いっ!」


「そうかな…女の子か…嫁には絶対やらないからな」


すでに親馬鹿を発揮させて、凶姫の額に口付けをした。
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