宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔は約束通りに凶姫を蔵に案内した。

代々蔵の鍵は当主しか持つことは許されておらず、中へ入れる者もごくごく限られている。

鍵を開けて観音扉を開くと、古めかしい音と共に埃っぽい匂いがして、袖で口と鼻を覆った。


「一体どの位放置しているのよ」


「そうだな…掃除も一切したことがないからどうかな」


ずらりと並べられてある戸棚には数多くの古めかしい書物が置かれていて、触れれば粉々に砕けてしまうのではと思うほど劣化しているものも多い。


「ねえ朔?これって後世にまで残さなくちゃいけないんでしょう?これなんてぼろぼろよ?字もかすれてくるんだから写しを取らなくちゃ」


「めんどくさい」


端的にそう言って、葛籠を開けて中身を物色し始めた朔は、ぴんと閃いてにっこり笑顔で辺りを見回している凶姫を振り返った。


「ちなみに初代の頃からのものがあるんだけど…写し、取ってみるか?」


「えっ?い…いいの?」


「うん、うちの家族はめんどくさがり屋が多いから、本来写しを取らなくちゃいけないんだけど一切やってないんだ。お前になら内容を見られても構わないし、そこらの恋物語よりよっぽど面白いと思…」


「やる!やるわ!やらせて!」


さっと隣に座って袖を引っ張り回してくる凶姫の肩を抱いた朔は、葛籠の中から目的のものを見つけてそれを凶姫に見せた。


「これが…どうしたの?」


「暁が当主になった時に使おうと思って。これ、初代のものなんだ。ちゃんと由縁もあって、初代が書いた書物に書かれてあるからそれを見…」


「見たい!どこにあるのっ!?朔、早く!」


…自分も相当本の虫だと思っていたが、凶姫はそれを上回るかもしれない――


「ちょっと待って、えーと、この辺に…」


「ああ待って朔!その前にここをきれいにしなくちゃ。だって写しを取るってことはここに籠もり切りになるということよね?敷物と机が必要だわ。私、箒と叩きを取って来るから!」


――口を挟む隙が無い。

脱兎の如く蔵を出て行った凶姫を見送った朔は、何事かと蔵の近くまで来ていた雪男に向けて極上の笑みを浮かべて手招きをした。


「え…ちょ…やな予感…」


「お前の予感はよく当たるから手間が省けて助かる」


雪男、とばっちり。
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