宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「姫様、今日も行かれるんですか?」


「ええ、それも明日で終わりよ。あのお坊ちゃん、もう来ないらしいから」


「…そうですか」


遊郭の一室――凶姫と柚葉は一部屋を共同で使っていて、ふたりは遊郭に居る間片時も離れず一緒に居た。

ここに来たのはほぼ同じ時期、そして同じ年頃、頼れる者が居ないという点でふたりは意気投合し、みるみる頭角を現して立場を強めた凶姫が柚葉を守っているという関係。


凶姫に関われば凶事が起こる――だからこそ周囲に名付けられた“凶姫”という名。

本人がさして気にしていないのは、それが真実だからだ。


「柚葉、あなたも月に会うなら明日までよ。だから今から一緒に行かない?」


「いいえ、私は遠慮します。姫様、いくらあなたが凶姫と呼ばれているからってひとりで出歩くのは危ないですよ」


「じゃああなたも一緒に来てよ」


「…」


頑なに拒む柚葉に肩を竦めた凶姫は、下駄を履いて見送りに出た柚葉に手を伸ばして肩を優しく撫でた。


「月、あなたに手を出す前に逃げられたって言ってたわよ」


「いいえ、あの方は私に手を出そうだなんて思ってもいなかったはずですよ」


すぐさま否定されてまた肩を竦めた凶姫だったが、深追いはしない。

ここに居る者は皆何かしらの心の傷を負っているため自分も深追いされたくはないから。


「じゃあ行ってくるわね」


目が見えずとも何かにぶつかるわけでもなくちゃんと歩いて遊郭を出た凶姫は、周囲がざわついて道を譲るのを空気や気配で感じていた。


――今まで何人死んだだろうか…いや、殺しただろうか。


半信半疑、遊び半分、そして本気で好いてくれた人――全てが等しく死んでいった。

この身を与えると皆そうなる。

だからこそ、自分が男に本気になることはない。

いや、本気になってはいけない。


「凶姫」


気配もなく背後から話しかけられてはっとして振り返ると、そこにはいつもの花の香りを漂わせた男が居る気配がした。


「月…」


「油断していたな。どうした?」


「いいえ、なんでも。街中は騒がしいからいつもの場所に行きましょう」


せめてもの安らぎの時間を過ごすために。


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