宵の朔に-主さまの気まぐれ-
晴明がやって来ると、客間で床に居ながらも凛とした居住まいで座っている凶姫を見て眉を上げた。


「ほう、これはこれは」


「お祖父様、事情は後で説明します。診て頂きたいんです」


「いいとも。さあ、まずは少し脱いでもらおうか」


男に裸を見られること自体は特にもう恥ずかしいとも思っていないが――そこに朔が同席することには抵抗があった凶姫は、出入り口を指して出て行くように言った。


「なに呑気に座ってるのよ。出て行きなさいよ」


「金を払えばいいのか?」


「!駄目よ馬鹿!早く!出て行って!」


含み笑いを漏らしながら朔が出て行くと、凶姫は晴明に丁寧に頭を下げて帯を緩めた。


「失礼しました。私は…」


「ああいや、事情を聞きたいところだがそなたの全身にあるであろう傷が気になるから後にしよう。さあ、力を抜いて」


安倍晴明――人と妖の世界双方ともにその名を馳せる男が朔の身内とは――

ここに来てから驚いてばかりの凶姫は、一糸纏わぬ身になって身体を横たえた。

薬師の資格もある晴明を男として認識してはいないし、何よりやはり痛むこの全身の傷…

隅々まで診てもらって塗り薬を塗ってもらうと痛みが若干和らいでほっと息を吐いた。


「女子にこのような傷をつけるとは。朔が激怒しただろう」


「…命を助けて頂きました」


「その割には先ほど痴話げんかをしていたようだが?」


「だって!それは…月が私をからかうから…」


朔のことを月と呼ぶ凶姫にまた眉を上げた晴明は、着物を着せてやった後傍に座って薬を溶いた白湯を飲ませて笑いかけた。


「朔があのように他者をからかうのは珍しいことだよ。そなたはよほど…」


「よほど?」


「いや、何でもない。眠くなってきただろうから少し眠りなさい」


睡眠効果のある薬が凶姫を穏やかな眠りに導き、寝息が聞こえると晴明はくすくす笑ってひとりごちた。


「なんと完璧な女子か。これは面白いことになりそうだねえ」


面白がって、またくすくす。
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