宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「そのみっつから選ばないと駄目なの…?」


「うん、駄目」


「…真名関係はいや。だから…その…」


「みっつ目というわけか。よし分かった」


朔の腕が伸びて凶姫の細い腰を抱くと、何とか逃げようとしていた凶姫は朔の手を思い切り強くつまんで不満そうな声を上げられた。


「怒らないんじゃなかったのか?」


「触るって…どの程度まで!?」


「どの程度って……最後まで?」


「さ、最後って何よ!」


「まあとにかく、来い」


ぐいっと引き寄せられて腕の中に抱きしめられた凶姫は、細身だがたくましい朔の胸を頬に感じてぎゅっと目を閉じた。

いい匂いがするし、人肌が――心地いい。


「こ、こんなとこ誰かに見られたら…」


「誰も居ないことは確認済み。ところでお前は歳は幾つなんだ?」


――女に歳を聞くなんて。

その不満が如実に顔に表れると、朔は耳元でわざと息を吹きかけて凶姫をわななかせながらもう一度問うた。


「幾つだ?」


「………鬼族の定義で言うなら成人するかしないかってとこよ」


「え」


「何が“え”よ。年増と思ってたわけ?」


「いや…その歳でそんな色気を振りまいてたらさぞ男にもてはやされただろうな、と思って」


凶姫は無意識に朔の胸に頬をすり寄せながら身体から力を抜いて朔に預けて笑った。


「そうよ、私もてたの。許嫁も居たのに」


「…許嫁?」


「私だって名家のお嬢様だったんだもの、許嫁位居たわよ。…まあ、こんなことになって逃げられたけど」


朔が黙り込むと、凶姫は顔を上げて頬をちょんと突いた。


「何よ、妬いてるの?」


「別に」


「別にって顔してない気がするけど?」


「それ以上詮索するとその唇塞いでやるぞ。俺ので」


「!黙ります!」


優しく髪を撫でる手つきがとても好きだと思った。

とても――
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