宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔が凶姫を抱きしめている――

柚葉はその光景を目撃してしまい、物陰に隠れて激しく後悔していた。

仲が良いとは思っていたが、そもそもすでにそういう関係だったのだろうか…?

だから――助けてくれたのか?

自分は、おまけなのか?


「そう…よね。私なんて助けてもらう価値ない…」


一度部屋に戻ったものの横になっても落ち着かず、時間を置いてそろりと居間に行くと、凶姫の姿はそこになく、朔だけが縁側に寝転んで惰眠を貪っていた。


「…」


起こさぬようにそっと脇をすり抜けて草履を履くと、庭に咲き誇る花々の前に立ってここに来た時沢山咲いていたつつじの花を一輪摘んで手に取った。


…少しは好かれているかと思っていたが、とんだ勘違いだった。

この人は――凶姫を選んで、凶姫と共に生きていく人。


だから…ここに居てはいけない。


「ふふ…今度はどこに行けばいいのかな…」


「どこに行く気?」


独り言を聞かれてはっとして振り返ると、寝ていたはずの朔の目が開いていて真顔でこちらを見ていた。

もう変に期待するのは嫌だし、期待するようなこともしてほしくない――


「いいえ、なんでもありません。…きれいに咲いていますね」


「うん、妹が世話をしてるから。柚葉、お前がここに来た時もつつじが満開だった」


「そんなこと覚えてたんですか…」


「もちろん。柚葉、隣に来ないか」


ぽんぽんと隣を叩いて催促されたが、柚葉は首を振ってそれを拒絶すると、背を向けてつつじの花に見入るふりをした。


「柚葉?」


「花がきれいですね。私、水を汲んできます」


「俺も一緒に行こうか」


「いえ、お構いなく」


――すべてを拒絶する。

朔はそれが何故か分からず、いつもふんわり笑っている印象が多い柚葉が唇を真一文字に結んでいる固い表情に身体を起こして見つめた。


「どうした?」


「どうもしませんよ。失礼します」


その場から逃げる。

逃げ続けなければ。

これ以上絡め取られてしまう前に――
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