蝉時雨

 じー。じー。じー。

 暑い。
 身を焦がしかねない熱に、彼は唸った。

 熱い。
 神経を焼き付かせる夏に、彼は嘆いた。

 厚い。
 折り重ねてきた歴史を前に、彼は訝しんだ。

 じー。じー。じー。

 煩い。
 鼓膜を突き刺すざわめきが癪に触る。掻き消そう、掻き消そう、己を犯すあらゆるモノをその腕で。

 囀る口に指を差してかしましく鳴いた喉を食い破り助けを乞う双眸を眼軸ごとちょいと摘み出し逃げ惑う足に牙を突き立て逆らう腕をもぎ取って空を叩くおこがましい羽根を破り棄て乾き腐り堕ちとろけてふやけて焦て臭い立つまで風雨日差しに掲げて贄にしよう。

          ・
 そんな幻想を抱いて手を動かしていた。

 思考の通りにカラダは動く。左手で押さえて右手で裂く。手早い解体は頭から。そこの皮は薄いので素手で裂ける、ぴりぴりぴりぴり。体液が漏れだして潤滑油にするため全体に塗りたくってぴりぴりぐしゃぐしゃぴりぴりぐしゃぐしゃ。きゃっと甲高い音で鳴くものだから手元が狂って皮が切れてしまった、せっかく一本に繋がってりんごみたいだったのに目玉に差し掛かったところで。腹が立つので頭を潰す、体重を踵に乗せて飛び上がる。くしゃっと潰れた。少し満足した。断面のほつれを見つけたので再開する、今度は大人しかったので手早く片付けてしまう。

 ささっと全身の皮をちぎって間接を砕いて磔、しようとして程よい杭も十字架もないので諦めてポイ捨て。

 次に向かおうとして、足元を見た。いまので七十五体目の失敗、成功したのは二体、磔に至ったのは三体だ。不様な成果である。

      むし
 さて、次の人間を探そう。





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