烏丸陽佑のユウウツ

『これから先、自分はどうしたいのか。求めるモノは楽しい時間だけなのか。寂しい時、辛い時、お互い側に居られる距離の人を望むのか。一人で居たいのか。つまり、時間が合って、いつも一緒に居られる人がいいのか、どうなんだって事だ。
自分きっかけで始める恋じゃないなら、好きの意味、は、じっくり考えて、それから好きになっていってもいいだろ。恋のその先だって考えた方がいい。よく考えるんだ』


あの日、嘘をついて梨薫ちゃんの携帯を借り、部長さんに今から訪ねて大丈夫か確認をとった。梨薫ちゃんが一緒に見たいと言っているDVDがあると伝えた。部長さんは部屋に居た。

俺が梨薫ちゃんに最後に伝えた言葉はこれだった。そして、部長さんに腕を回され、部屋に歩いて行く梨薫ちゃんの背中を見送ったんだ...。


そして、梨薫ちゃんの選んだ人は部長さんだった。て事だ。間違いのない選択だったんじゃないかと思う。...早かったとは思った。こんなに早く決めてしまうとは...迷いが顔を出さない内にって事だったか...。それは、また、俺の間違った憶測か...きっとそうだな。迷いがあるからだ。

確かに...、確実に誰かのモノになってしまったと思うと、どうしようもない喪失感のようなモノに見舞われてしまう。それは仕方ない事だ。

だけど、多分、俺にしても、今、物凄く落ち込んでる黒埼君にしても、梨薫ちゃんとの関わり方に大きな違いが出来るとも思えない。
黒埼君が遠慮なく部屋に行く事は出来なくなっても、普通の訪問なら許して貰えるだろう。部長さんと一緒になったとしても、上手く懐に入っていくだろう。亡くなってしまった大切な人の弟というのは、やはり特別で、一生縁のあるモノなんだと俺は思ってしまう。俺とは最初から立場が違う。

肝心の俺はと言えば、…。そうだな…、少し前とは違ってしまうだろうが、変わらず、バーテンダーとして、…わけ隔てのない客として…、愚痴を言うなら聞くだろう。時に笑って、時に宥めて。その遣り取りが楽しい。それが俺の仕事、役割だ。そして、狡い関わり方だ。


「陽佑、さ、ん…はぁ」

「もうそのくらいにしておけよ。明日も仕事だ。社会人だろ?」

心配する程、飲んではいない。

「う…陽佑さん…俺…陽佑さんと知り合いになれた事が…嬉しいです。陽佑さんが居てくれて良かった…で…す。俺、好きです。陽、佑さ…ん」

あ、全く…寝落ちか?フ。ただ眠くなったんだな。俺の事も慰めてくれてるんだろ。…有り難うな。いい奴だな。
大丈夫だ。黒埼君はずっと梨薫ちゃんとはいい関係性でいられるから。今は、ちょっとだけ…突きつけられた現実に辛いだけだ。回復は早いだろう。

「もう少し寝ててくれよ?…店をしまったら運んでやるからな」

「…は~い。…待ってま~す。愛してま~す…陽佑さ…ん…」

ハハハ、誤解の元だ。


「あの…この人を連れて帰っては駄目ですか?」

ん?フ。最近ちょくちょく来てるよな。ずっと見てるとは思ったが…随分と勇ましい事を言う子だな。…だがな。

「俺が決める事ではないけど、今はまだ早いと思うよ?チャレンジするなら、もう少し、待ってやってくれないかな?その方がきっと結果はいいんじゃないかな?と思う。こういったモノに絶対って保証はないけど。
大丈夫、その時までは俺が見張ってるから。随分遅い時間になってる、君ももう、帰った方がいい。気をつけて帰りなさい」

「はい。有り難うございます。また会えるように来ます。…おやすみなさい」

「おやすみ」

良かったな、黒埼君。ここに元気になるのを待ってくれてる人が居て。今は急がず、ゆっくりだな。


さあ、運ぶとするか。どっちにしろ、今夜の黒埼君を連れて帰るには、あの子の力では無理だっただろう。これだけ脱力してる男を運べやしない。

「黒埼君?裏に行くぞ~」

まだ、婚約というカタチを作っただけだ。

鍵を置いてうちに帰る事にした。一緒に居てくれないんですか、と腕を掴まれたが、ベッドは狭いし、男同士っていうのも…。ちゃんと起きて会社に行けよと言って、帰った。
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