いつか羽化する、その日まで

「おはよ」


俯いたまま歩いてきてしまったようで、声をかけられるまで営業所の入り口に人がいることに気が付かなかった。ハッと顔を上げると、にこにこと爽やかな笑顔が飛び込んでくる。どこか甘い雰囲気があるのは、少しだけ垂れた目尻のせいかもしれない。


「……村山さん。おはようございます」

「元気ないねえ、悩みごと?」

「べ、別に……っ!」


昨日の今日で、まさか元気があるかどうかを判断されるとは思っていなかった私は、うろたえて目が泳いでしまった。あちこち視線をさまよわせていると、腕まくりした白いシャツに気付いて心臓が跳ねる。それは、太陽の光に当たってより一層眩しく感じた。


「ふうん」


作り物のような笑顔を張り付けたままじろじろと見られて、居心地が悪い。私は村山さんの脇を通り抜けようとして、手に持っているものに気付いた。


「あの、それは?」

「ん?」


不思議そうにしていたが、私の視線を辿った彼は納得したような声を出す。


「ーーああ、これ? まだ夏だけどさ、意外と落ちてるんだよねえ」


そう言って村山さんは、持っていたほうきを使って、丁寧に落ちた木の葉を集め始めた。


何故、村山さんは掃き掃除をしているのだろう。そう疑問に思いながら営業所内へ足を踏み入れる。

そして私が見たものはーー。


「立川さん、おはよう」


全員の机を拭き掃除している、小林さんの姿だった。


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