番犬男子
「千果、どうかしたのか?」
愛しのお兄様(仮)に、名前を呼ばれたら、話しかけられたら。
いつもなら、餌を与えられた犬みたいに、尻尾振ってはしゃぐのに。
今は、歪な微笑みを作るだけ。
俺の鼓動が、いやに跳ねた。
ドクン、ドクン。
鼓膜の奥で、何度も何度もこだまする。
無様なリズムに沿って、誠一郎の唇が開かれた。
「まるでお前がこの傷をつけたみてぇに、辛そうに……」
……何を。
「そうだよ」
なあ。
一体、何を言ってるんだ。
わざとらしく重ねられた肯定に、一拍置いて、誠一郎が「え?」と返した。
間抜けな一音を愛おしそうに、それでいてためらいがちに苦笑しながら、紡ぐ。
「あたしのせいで、負った傷なの」
たった一言。
それでも、小さな歯車を一気に狂わせることは容易い一言だった。
驚きを隠せない。
何なんだよ。
誠一郎も、千果も、何を言ってんだ。
どうして、誠一郎は、やけに具体的に例えられたんだ。
どうして、千果は、そんなに苦しそうなんだ。
お前らの間には、何が隠されてるんだ。
意味、わかんねぇよ。
何もわからない。
千果以外、誰も。