友情結婚~恋愛0日夫婦の始め方~

のぞみが勤める不動産会社の住所は、会社に提出する書類に書いていたので、メモしてあった。

今から行けば、終業時間に間に合うだろう。

行ってどうするかはまだ決めてない。
ただ様子がおかしい理由が気になった。

私鉄に乗り換えて30分。
駅を降りると、都心とはまた異なった気温と空気。

琢磨はコートのボタンを留めた。

不動産会社は想像していたよりも、ずっと小さかった。
遠目からビニールのかかった屋根兼看板が、室内からの明かりでぼんやり光っているのが見えた。

ガラス戸越しに中を覗く。

カウンターには、太ったおじさんと、派手なおばさんが座っているのが見えた。

のぞみはいない。

琢磨はスマホを取り出して、ラインをするかどうか迷う。

ラインの既読がつかない日が続いていた。家に帰れば無視されるわけではなく、ちゃんと話もできるけど。

いかんせん、琢磨とのぞみの時間は違いすぎる。いつも二言三言しか会話できていなかった。

思い切ってガラス戸を開く。
「いらっしゃいませ」

日も暮れたこの時間にきた新客に、驚いた様子を見せる。

「はいはい。お部屋をお探しですか?」
おばさんが立ち上がる。

「すみません、違うんです。桐岡のぞみはいますでしょうか?」
「のぞみちゃん?」
おばさんが拍子抜けしたような声を出す。

「今日はもう、早引けでね」

それから無遠慮な視線をなげてくる。

「そちら様は……?」
「……夫です。妻がお世話になっております」
『夫』というとき、ちょっと躊躇した。『友人です』という方が、よほどしっくりくる。
「へえ、あなたがのぞみちゃんのぉ」

とたんにぱあっと顔が明るくなった。

「えらい男前だわね」

興奮していろいろ話しかけてくるのを、笑顔でなんとかかわす。

「のぞみは何時頃退社しましたか?」
「ついさっきですよお。なんでも知り合いに会うって」
「そうですか。お仕事中お邪魔しました」

琢磨はそそくさと不動産会社を後にした。
今にも長いおしゃべりに付き合わされる気がしたからだ。

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