アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~


 自分の心の内をただしく読まれ、思わず動揺が滲み出る。
 そこまで分かり易く表に出ていたのか。
 もうそれほどまでに余裕がないのか。

 どちらにせよ口を噤むほかない。
 自分の疑問に答える素振りを見せるこの義兄の、話の続きを聞く為に。

「生まれつき持つぼくの魔力の相性が、彼女ととても合ったのがきっかけだった。妾の子だったぼくが、血筋故に王城に迎えられた日から城の地下の存在を察知し、そしてそれを父上に教えられたのは、ちょうどぼくが王位継承から正式に外れたとき。だからこそ父上も同情からか…地下の彼女の存在を、教えてくれた。決して会わせてはくれなかったけれど…“おまえと同じく、孤独な運命と共にの在る者だ”と」

 ――父上が。
 厳格で格式高く何よりも国と民の為に心を砕き、国を治めてきたあの父上が。
 自ら秘匿を侵したというのか。
 
「ぼくがリズと対面を果たせたのは、ぼくがシェルスフィアを追放される時が初めてだった。彼女の力により、ぼくの魔力の殆どは封じられるはずだった。だけど彼女はそれをしなかった。体面だけを整えて、ぼくを国外へ逃がしてくれた。だから、ぼくも。彼女の望みを叶えると約束したんだ」

 …それが。
 リズとシエルとの、共謀の始まり。
 その間リズはずっと、おれを騙していた。
 おれの呪いをおさえ、国の為にその力を注ぎ、冷たい素振りを見せながらも時折優しい瞳で。
 
「ぼくとリズの望みがはからずも一致し、ぼくとリズは手を組んだ」

 シェルスフィアの崩壊を、シエルと共に望んでいた。
 おれを助けるふりをしながら、本当はずっと。
 おれの味方ではなかったのだ。
 もうずっと。

「……どうやらそれも、ここまでのようだね」

 ふ、と。小さく吐く息と共にシエルが、左手の手首をテーブルの上で晒す。
 無意識に促されるように視線がとまり、そこに見える赤い紋様。
 ――神々の契約との印の赤。
 シエル手首の内側にあったそれが、徐々に薄れていく。淡い光を放ちながら。

「彼女の最期の願いは、無事叶えられたらしい」

 その言葉と同時に。心臓がひと際強く脈打った。
 ――発作だ。この身に受けた呪いが、リズの力によって僅かながらおさえられてきたその毒が。堰(せき)を切ったように全身に広がっていくのが分かった。

 心臓を押えてテーブルに伏すおれに、僅かな距離をとっていたリシュカが慌てて駆け寄る。
 呪いの反動。それを抑える術をいま、失ったのだと無意識ながら理解する。残りはリシュカが抑えてくれている僅かばかり。
 それは、すなわち。

「…リズが、逝(い)ってしまったようだ」
「……!」


 ――リズ。
 もう保(も)たないと、そう言っていた。
 神々も万能ではないと。

 永く身勝手に縛り付け、真名と自由とを奪い、この国の為だけに心身を削られてきた。
 父から継いだリズの詳細も、リズから聞く話もごく僅かな情報ばかりで、リズという存在の本質がどこにあるのかを、結局おれは理解できないまま。
 リズの力に、優しさに。甘え続けてきた。それが偽りだとも気付かずに。
 それでも。
 シエルの言うことが本当なら、彼女は最期自らの望みを叶え、そしてようやく解放されたのだ。
 永きこの呪いの血から。

 その血を吐きながら不思議とおれは笑っていた。
 最期に会えなかったことは寂しいし哀しい。
 裏切られたことは悲しいし悔しい。
 でも、この心にあるものこそが、きっと本心でありおれとリズとのすべてに他ならない。

「…感謝する。リズ。最期まで本当の名を、呼べなかったが…おまえが繋いでくれたこの命、無駄にはしない」

 リズの意図も真意も分からない。リズは教えてくれなかった。
 大事なことは、おれにはなにも。
 だけどそのお陰で、本来ならとうに呪いに灼かれていただろうこの命が、今この時まで生きながらえることができた。

 まだおれは、死んでいない。
 まだこの国は、亡んではいない。
 そこにきっと意味はあるはずだ。

「…あくまで、おまえは。あの国にすべてを捧げるというのか」
「……ならばなぜ、おまえは。そうまでしてあの国を滅ぼそうとする。恨みがあるのは分かる。だが、民には何の非もな――」
「あの国などどうでも良い。今となっては民さえも、好きに生きれば良いと思っているよ。ぼくはもうシェルスフィアの王族ではないからね。でも」

 そこで言葉を区切ったシエルの、瞳が鋭い光を放つ。

「シェルスフィアには滅びてもらう。そしてそれをするのは――ぼくの手でだ」

 窓の外で稲光が空を割き、そして沈黙を貫いていた海が突如荒れ狂う。
 船が大きく揺らだ。波も風もとうに奪われたはずなのに。
 室内に居た者たちが壁や椅子に手をついてなんとか体勢を保つも揺れはなかなか止まない。

 窓の外――昏(くら)い海。
 そこに蒼い竜が居た。
 すべてを焼き尽くすように咆哮を上げながら。

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