アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
沈黙を破ったのは、すぐ目の前のレイズと名乗ったこの海賊船の船長だった。
「…なぜこの海域に?」
「…そう、示されたから」
「…所属は?」
――所属?
そういったものに属しているのが普通なの?
やはりあたしにはこの国の情報が足りな過ぎる…!
ヘタな嘘は命取りだ。
相手を騙すなら真実を上手に混ぜなければいけない。
何よりこれ以上の嘘はもう出てこない。
「…な、ない…!」
また、沈黙。
やはりムリがあるだろうか。
信憑性は乏しいし何より怪しいのは自分でもわかる。
その時、すぐ目の前でふ、と息を吐き出す音が聞こえた。
「――いいだろう。ちょうどこの船の魔導師がつい先日欠けたところだ。港に着くまでは、置いてやる」
レイズの言葉に周りの船員であろう男たちがざわついた。
思わず息を呑む。
「港に常駐の魔導師に視させりゃ本物かは分かる。実際の判断はそれからすりゃあいい」
「いいのかよ頭!」
「イベルグで補充しようと考えてたんだ、金出さずに済むならそれにこしたことは無ぇ」
「でも見習いつってたろ、海で溺れるようなヤツじゃ逆にお荷物じゃねぇか」
「いいさ、女の魔導師も貴重だしな。最悪――」
その目が、細められる。
本能的に感じる、値踏みするような目。
「生娘は高く売れる」
その言葉の意味に、声音に、瞳に。ぞくりと背筋が凍る。
今まで味わったことのない恐怖に身が竦んだ。
ひとまずこの場での自分の命は繋ぎとめられた。
だけど安全な場所などこの船の上には無いのだと悟る。
違う、もしかしたらこの世界には――
『戦争が起こる。この国で』
シアの歪められた顔が浮かんだ。
少なくともシアがそれを望んでいないこと。
それをなんとか避けようとしていることだけは分かる。
この国を、守ろうとしている。
あんな小さな体で、永く国を支えてきた柱と加護を失って尚。
改めて思い知る。
ここはあの、平和な世界じゃない。
無気力に生きているだけを許された、あの安穏な世界では。
「お前は俺に助けられた借りがある。船員では無ぇが客人でも無ぇ。恩義の分は働け。それがこの船のルールだ」
「……わかった」
見下ろされるその目から、逸らさずに頷く。
深い藍色の瞳だった。
翳るその瞳に光は見えない。
「名は」
「……マオ」
「マオ、ひとまず立てるなら身なりを整えろ。ジャスパー! 湯を沸かしてやれ」
叫んだレイズの声にひかれるように、男たちの隙間からひょっこりと小さな男の子が顔を出した。
年はシアと同じくらいだろうか。
かわいい顔立ちをしているけれど、この子も露出した肌の部分に青い刺青が覗いている。
この子だけじゃない。よく見ると皆、だ。
「サー、キャプテン」
「ついでに船のルールを教えてやれ。その後俺の部屋に連れてこい」
「わかりました」
「いいか、ヤロー共。商品候補だ、手ぇ出すんじゃねぇぞ」
言い置いたレイズが踵をかえし背中を向ける。
その視線から逃れたことで漸くほっと力が抜けていくのを感じた。
ひとまずは。
守れたのだ。自分の身くらいは。
周りに居た船員たちも好奇の視線を向けながらも、ぞろぞろと場を後にする。
ジャスパーと呼ばれた男の子だけが、その場に残った。
「よろしく、ぼくはジャスパー」
「えっと、マオです。よろしく…」
言いながら「立てますか?」と差し出された手を有難くとる。
上手く力が入らなくて、よろける体をジャスパーが支えてくれた。
「体が冷えてる。温めなきゃ」