アイより愛し~青の王国と異世界マーメイド~
「部屋からひとりで出てきたということは、貴女は陛下の為に戦う意思が無いものと見なします」
切れ長の瞳が、あたしをまっすぐ見下ろしている。
真っ直ぐな長い黒髪を後頭部の高い位置でひとつに結び、前髪は左目を覆い斜めに切り揃えられていた。
たぶん、見えないのだろう。
前髪の隙間から覗く光の強弱が対照的だった。
「貴女は陛下の“武器”だと、そうリシュカ殿から聞いていましたが」
「…違ったから、殺すの?」
「武器も従者も主の為に消費されるものです。貴女もそれを全うする義務がある」
「ここで死ねってこと…? シアの為に?」
「それが、我々臣下の役目です」
――あたしの、お母さんは。
もともと体の弱いひとで、あたしを妊娠した時も、諦めろと言われていた。あたしのこと。
だけどお母さんはそれをしなかった。
出産後も体への負荷と影響が大き過ぎて、お母さんはあたしを生んで以来ほとんど家に帰ってきたことが無い。
そうしてあたしを生んで5年後に、この世から去ってしまった。
あたしを、生んでいなかったら?
あたしなんか、見捨ててくれて良かったのに。
あたしを生まなければその先の人生があったはずなのに。
それを、奪ったのは――
引き換えに生かされても、重た過ぎる。
お母さんの分も精一杯、なんて。
押し付けないでよ、勝手なことばかり。
命をかけるって、なんだろう。
どういうことだろう。
それは相手がそれに値する価値を持つ時、報われるものだ。
あたしはそう思う。
あたしにそんな価値はきっとない。
でも、シアには――
『――――――おれがこの国の最後の王だ』
暗く重たい思考の中に、その声が響いた。
シアと初めて会った時…この国の現状を説明した時の、シアの言葉だ。
どうして今頃、そんな声が――
『――は、もう居ない。城にはおれひとりだ――』
あたしの頭の中の幻聴?
違う、これは。
「……これ…?」
俯いていた目線がひかれるようにゆるりと上がる。
不思議とその声を、あたしは聞き逃したりしないのだろう。
どこだろう。
今も、聞こえている。
シアの声だ。
少し距離があるのか上手く聞き取れない。
「――動かないで頂きたい」
目の前でクオンが警告のように低く呻いた。
だけどあたしの耳にそれは届いていなかった。
声のする方を探るように頭だけ向けたそこは、窓の向こう。
シアの声が聞こえるのは建物の外からだった。
「…これ、シア…?」
「…本来貴女がその名で呼ぶことを許すわけにはいかないのですが…そうです。式典の放映が始まったようですね。すぐそこが広場ですから」
クオンの言葉を聞きながら、無意識にすぐ傍にあった窓へと足が動いた。
クオンの向けていた切っ先が、僅かに掠って首筋に一筋の赤い痕を作る。
でもそんなもの痛みでもなんでもなかった。
「……っ」
クオンが僅かに目を瞠ったけれど、あたしはそれに気づかずに大きな窓に手の平を寄せた。
あたしの腰から天井近くまでの大きな窓の外には、祭りを堪能していた人々の背中が一様に広がっている。
その視線の先に、きっとシアの姿があるのだろう。
「シアは、なんて…? この窓、開かないの?」
窓越しの声はくぐもっていて、断片的にしか聞こえない。
声が、言葉が遠い。それがもどかしくてじれったい。
もっとちゃんと聞きたい。
シアの声。シアの言葉。
シアの、覚悟。
背後に立ったクオンが、少し思案した後窓の高い位置にあった鍵を開けてくれた。
自分を見下ろす蔑みと共に僅かな悲哀。
それが自分を真上から突き刺す。
「陛下は今日国民に、すべてを話すと仰っていました。この国の現状と、そして行く末。それから陛下ご自身の御心を」