God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
目を覚ませ
『アキちゃんに叩かれて起こされたぁー!まだ10分あるのに。もお♪』
『あたしのお弁当は、毎日アキちゃん。もういつでもお嫁に行けるね♪』
『ラップ買って来いって頼まれた!アキちゃん、それ銀行で貰えるよ♪』
へぇ~。
いつだったか、余計な買い物と思った色々は、実は貰い歩いていたのか。
これも右川亭・節約術か。それは意外とやるじゃん。
〝右川亭メール・マガジン〟。今日も朝から熱血配信中。
右川のラインは大体がこんな文面で埋まり、そこは恋バナ・ツイッターと化す。いちいち反応するのもバカバカしいと、既読スルー、そのままにしているのだが、なにげに次の配信を楽しみに待っている自分が哀しい。
今朝も右川に偶然(違う気もする)見つかり、いつものようにゴム手に貼り付かれた。昨日、俺があれだけマジギレしたのに、そんな事まるで無かった事のよう。周囲は相変わらず好奇心の塊でもって、俺達の事を遠巻きに眺めた。
ひょお~。
ぴゅう~。
ひゅう~。
周囲の反応に、慣れたとは言い過ぎだが、取るに足らないと聞き流す余裕は出てきたな。(これも哀しい。)
不意に、右川が腕をグイと引いた。それに引っ張られるまま、路地を入った自販機の前まで連れて来られる。成り行き上、飲み物を買うと、
「あたし、いろはす♪」
俺自身に何の断りもなく、オゴる羽目になった。
こういう時、思うのだ。俺を1番裏切っているのは、俺自身ぢゃないか?
いろはす♪を飲みながら、「沢村って、何センチ?」
普通に、身長だろう。「187」
「10センチ、無駄に高いね」
そのニュアンスからして、「山下さんって、180無いの?」
そうは見えない。同じぐらいだと思ってた。
右川はそれには答えてくれず、俺の肩周りをぼんやりと見て、「同い年だったら、中学も高校も一緒で、毎日こんな風に仲良く通ったりしたのになぁ」
「そして迷惑がられて、速攻、振られたのになーーー」
とん。
突然、右川はその身体を、俺の背中に預けた。
……恋バナの次は、妄想シミュレーションか。
俺は、飲み終わった缶をゴミ箱に投げ捨てた。
10秒、経った。
右川は、俺の背中にもたれたまま微動だにせず、今もシミュレーションのド真ん中、その口を半開きで幸せそうに空を見つめている。
ムッときて、やけくそも手伝い、飲み物の反対側で空になっている右川のゴム手をギュッと握った。いくら何でもここまでやれば、いつかのように化けの皮が剥がれる。ギャッ!と飛び上がり、触んじゃねーよ!とキレるに違いない。
ところが、右川は無抵抗。ちょうど差し込んで来た太陽の光に顔を傾け、うっとり目を閉じて暖かさに身を任せている。
ゴムの手の平からは、冷たく粘りつくような感触しか伝わって来なかった。
右川と背中合わせで、俺はその手を握って……いくら人目につきにくい場所に居るとはいえ、こんな所を誰かに見られたら、何を言われるか分からない。
それが分かっていても、意地でも突き離す事が出来なかった。
俺は一層強く、そのゴム手を握り締める。
目を覚ませ。
おまえにとって、俺はゴミ。
ゴミに手を握られて、不快感とか不条理とか、俺と同じだけ苦痛を感じろ。
女子の自分勝手に利用される男子の怒りを、思い知れ。
そこから握力MAX、潰す勢いでゴム手を握った。こっちがどんなに力を込めても、苛立っても、右川に変化は無い。今も幸せそうに、笑みを浮かべて。
大通りの遥か向こうから、永田の大声が聞こえてきた。自転車の早さで加速してやってくるその声は徐々に近付いたかと思うと、俺達の存在には気付かないまま遠くなる。
「もし山下さんが一緒だったら、生徒会もやる気満々か」
「アキちゃんは生徒会なんかやらないよ。やんちゃだから」
右川は身体を立て直して、「もういい加減、離れてよね」と、俺の手を乱暴に振り払った。
「そっちが勝手に、くっ付いて来たくせに」
「あたしは手なんか握ってませんけど」
痴漢。
変態。
痛いじゃんか。
右川は、俺を罵倒した。不快感は感じていたらしいが、不思議と喜べない。右川がくっ付いてもムカつく。突き放されてもムカつく。好い事は何1つ無い。こうやって関わろうとする事自体が無駄な事なのか。俺を1番裏切っているのは、やっぱり俺自身かもしれない。
大通りに戻ると、すぐにノリと鉢合わせた。
「右川さん、おはよ。今日も仲良いね」
途端に、右川は態度をコロッと変えて……ぴと♪
もう、勝手にしろ。
「ねー、聞いてくれる?沢村くんがね、ラインに既読スルーなんだよぉ~」
「だめじゃないか、洋士。彼女にはちゃんと返信しないと嫌われちゃうぞ」
マジ、勝手にして欲しい。何をやっても敵わない気がして、いちいち反応する事にも、何だか急激に冷めてきた。
立候補も……考え直した方がいいのか。
俺自身が、もたない気がする。
教室でも廊下でも、周りが冷やかすのも構わず、俺は仏像のように無表情で、ただただ右川に貼り付かれた。相変わらずと周りは受け止めているようだが、俺はもう今までの俺じゃない。
『アキちゃんからメールが来たあっ♪今夜は店を早めに閉めるんだって♪』
『今夜のご飯。店のポテトサラダと、アキちゃんのコロッケ。芋づくし♪』
『アキちゃんが昨日洋服を買ったよ。珍し~。せっかくだからお出かけ?』
恋バナ・メール・マガジンは休憩時間の、その都度入った。
当然、既読スルー。薄っすら楽しむ事もなく、そのまま。
昼メシ。
無抵抗という武装を施して、俺は堂々と5組にやってきた。
薄ら笑いを浮かべる黒川とノリを尻目に、黙々と味わう。当然のように右川はスリ寄って来て、「わ♪」と俺の弁当から、今日1番のメイン、エビフライを横取りした。
「もういいだろ。それ食ったら向こう行けよ」
「いやぁ~ん♪今日の沢村くんってば、怖ぁい♪」
「安心しろ。これは、いわゆるツンデレだ」と、黒川に勇気づけられた右川はますます図に乗って、「お兄ちゃん♪」と、ゴム手で祈りのポーズを取った。
そこで、「じゃーん♪」とアクエリアスを取りだしたかと思うと、「お揃い♪」
「そんなの何処でもあるだろが」
そこに永田がやってきた。
何を見てもいないくせに、「ひゅう~!」と、さっそく食いつく。
右川がアクエリアスをラッパ飲みすると、永田は何を誤解したのか、俺の飲みかけに右川が手を出したと勘違いしたようで、「どうせなら直チュー公開しろよッ」と俺の背中をドン!と突いた。あわや生涯2度目の大惨事になる所で、右川は「ギャッ!」と飛び上がる。
「……化けの皮、剥がれたぞ」
俺は静かに弁当を片付け、静かに5組を後にした。
騒がしいのは周りだけ。心頭滅却すれば火もまた涼し。
1日中、悶々としていた事も手伝って、放課後、今日は久しぶりに部活に出た。
本日は丸々、バレー部が体育館を占領する日である。身体を思い切り動かしたいという事もさることながら、未だ明かされない我がバレー部のステージ発表も、すこぶる気になって。
「バレーの模擬店。メニューは女子に決めてもらう事になったんです」
石原がそう報告してきた事は記憶に新しい。何を食わせるかは、女子任せ。
それはいいとして。
「で?どうなってんの。ステージの方は」
何も伝わって来ない。ノリ、黒川、工藤が雁首揃えて作戦会議に余念はないのだが。
「とにかく時間になったら、全員ユニフォームを着てステージに来いってさ」
全員といっても、俺達4人だけ。
他にも2年部員は居るというのに、何故かこの4人が厳選されている。
……こういう時、思うのだ。俺はそれほどイケてる訳でも目立っている訳でもないのに、どちらかというと目立つ側と誤解されている事が腹立たしい。
不安を抱えたまま当日を迎えるのも何だか厳しいと、レシーブ練習の行列に並んでいる際、こっそり武闘派にスリ寄ってみた。
「どういう分野なのか。それだけでいいんで、教えてもらっていいすか?」
漫才ではないと、それは分かるんですが……これは口が裂けても言えない。
武闘派は、「内緒に決まってんだろ」と謎めいて教えてくれないどころか、「ビビって逃げ出すんじゃねーぞ。分かってんな」と眼力で脅迫。後ずさりで逃げ出す他ない。
俺はこの後松下さんに呼ばれ、実行委員の定例会議に顔を出すために、部活を途中で離れた。
水場で顔を洗っていると、そこにやっぱりというか右川が居て、いつものように水を汲んでいる。まるで怪しげな液体を流し込んでいるが如く、その手は相変わらずのゴム手袋だ。
この水場で右川と遭遇すると、嫌な事ばかりを思い出す。
実際、嫌な事しかなかった。
ちらと1度だけ目が合った。
それだけ。
結局、1言も口を利かないまま、右川も俺も、その場を後にした。くっ付いたり、急に無視したり……化けの皮が二重にも三重にもなった様に感じる。
そして、最後の事件とも言えるべき出来事は、次の日、5時間目の選択授業で起きた。
これ以上振り回されないと決意も新たに、俺はひたすら目の前の黒板だけを視界に入れて、授業に集中。相変わらず前の席に居座る右川は、またしても馴れ馴れしい態度で、「ねー、放課後だけどさぁ♪」と、ちょこちょこ、こちらを振り返り、指でクルクルと机をなぞりながら言い寄ってくる。
こっちが何も言わず黙っていると、「はい♪」と先生に向けて手を上げた。
「なぁに?トイレ?」
右川を小学生扱いする吉森先生にも呆れたが、急に立ち上がった右川に、俺も周囲も、今度は何事かと驚いて目を見張る。
「席替えしてくださ~い♪あったし、沢村くんの隣に座りたいですぅ~♪」
クラス中が嘲笑と顰蹙で弾けた。この期に及んで、また何を言い出すのか。
吉森先生は半分笑いながら、
「じゃあ、今日だけ。右川さんと一緒に頑張ってね、センセ」
先生は右川の要求に負けた。というより、授業の進捗を気にしてこの場を取り繕った。ひょお~……この学校は時折、木枯らしが吹き込む。
右川は強引に横にやってきて、その机をゴチンとくっつけた。
先生まで迎合するとは。これだけ屈辱的な思いは生まれて初めてである。
〝平常心〟
何が起こっても、理性を忘れるな。
仏像は普段、こういう気持ちでいるのか。
ジッとしていられない性分の右川は、配られたプリントの片隅に、まんまるちゃん♪まんまるちゃん♪まんまるちゃん♪と、またブタ模様を描き始めた。
実際は授業中、声に出してはいないのだが、あの歌はやけに耳障りで自然と頭に甦る。そんな自分が哀しい。
〝いい加減にしろよ〟
俺は、ブタ模様の上から太字で書き殴った。夢もクソも無い筆談。
右川は、ピタと落書きの手を止める。ずいぶん待っているのだが、その返事、未だ何も書いて寄越さない。こっちが業を煮やして、再びペンを取った。
〝右川に迫られて困ってます(泣)……山下さんにチクるぞ〟
「はい。先生」
「なぁに?トイレ?」
また、右川は急に立ち上がった。
「あたし、たった今、沢村くんに、フラれました」

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