God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
舞台袖・中庭グルメストリート・秘密の特訓
「うあっと!」と、また突然、桐生が何を思い付いたのか、
「右川が、おまえにフラれたって本当?」
……最後のダメ押しにそれか。
敢えて言及しなかったが。ここに来るまでの間、どれだけ訊かれた事か。
〝元カノ、テニス部のラケットで、弓道部の景品狙ってたよ〟
〝元カノ、科学部に居たよ。食虫植物の模型にカラダ半分、喰われてた〟
随分とあちこちにお邪魔(そのままズバリ、邪魔)しているようで、俺が通りがかるその度に、元カノ情報が逐一、耳に届く。
右川のヤツが「フラれた♪フラれた♪」と言って回るもんだから、当然というか周りは〝右川ってフラれたの?〟と、ただただ、そのままを繰り返すみたいに俺は突っ込まれてきた。
こう言う時、思うのだ。
あのチビは、悪企みに長けている。これがもし、付き合ってたの?と訊かれたらそこはハッキリと、違う!と言えば済むのだ。
だが、右川がフラれたの?と聞かれて、違う!と答えたら、「なーんだ、沢村がフラれたのか」となり、だからと言ってその反対、そうだよ!と堂々とカマせば、彼女居ないくせに女子をフるなんて、おまえはいつからそんな贅沢言える身分に……と、あらぬ悪評に飛びそうな勢いが生まれる。
どっちにしても、ちょっとは付き合ってたかな♪と言うニュアンスに弾みを付けてしまう所が頂けない。あいつがそこまで計算して〝フラれた♪〟と振りまいているとは考え過ぎだろうか。
現状、こうやって桐生に訊かれても、違うともそうだとも言えず、
「んーと」
第一声、俺は曖昧に言葉を濁すだけ。
それが、おまえの相談とどういう関係があるのか。それを言うと、
「まだ、おまえが右川と付き合ってんなら……あ、もう何でもないか。ごめん。もういいや」
引き止めたけど遅かった。そこまで言うなら、最後まで聞きたいんだけど!
まさか桐生は右川に?
俺と何でもないなら、もういつでもそういう話が出来ると?
ウソだろ。おまえのレベル、相当低いぞ。そして……桐生よ、おまえは右川に陰でキリンとか言われて、俺と一緒でゴミなんだぞ。だが右川もその口とは裏腹、桐生を気にしていたようだし。だけど山下さんの存在がある。
桐生のラインを聞いておいてよかった。これでいつでも繋ぎは取れる。
そこで、グッと詰まった。
深く深呼吸。
1度目を閉じる。
桐生はもういいと言ったんだから。
今は、そんな事情に構っている場合じゃないだろ。
こめかみを押さえて、自分に言い聞かせた。
何だかここに来て、ムダな課題が未処理でドッと押し寄せる。
さらに課題を増やす事になりそうとは思いつつ、体育館ステージにも顔を出した。ちょうど演劇部がリハーサル中で、ライトの位置などを確認している。
ふと、俺の隣に男子が1人やってきて、「後夜祭って、何時からですか?」
その訊き方からして、1年生だな。
「5時から」と教えてやったが、それは2日目最後の最後。まだ初日も始まってないというのに、何を期待しているのか。充実しているとは到底思えない、華奢な身体。その坊主頭。
そしてステージ脇では、
「演劇部のリハーサル時間押してる!次のアニ研、すぐに舞台脇に呼んで」
「吹奏楽には楽器の搬入、全部今日中にやるよう伝えてね」
「5組の楽譜が無いんだってーー!」
右から左へ、実行委員の女子が駆け抜けて行った。永田は、やっぱりやるのか。
「カラオケにしてよぉー」と5組のピアノ担当女子が泣きそうな顔で永田に訴えている。
「2人だけで出るからカッコ付くんだろがよッ。チャッチャとやれ!」
「もぉやだ!」と、とうとう楽譜を叩きつけて女子は泣き出した。
本番はどうなる事か。伴奏者を見つけてくれ!そんなお願いをされても困る。俺はすぐに背中を向けた。
その舞台袖で準備中の重森を見る。
3年部長と、何やら相談中。1度だけ目が合った。
何の感情も入り込まない涼しい表情だ。今は忙しい最中、重森も吹奏楽の発表に手一杯で、いちいち俺に近寄って嫌味を言うどころじゃないのだろう。
準備が一区切りで、生徒会室に戻って来た。阿木と浅枝がいる。
そう言えば。
「永田会長は?」
1度も見ていない。
「永田くんも松下さんも、今日はもう来ないわよ」
「え?来ないって……」
「クラスの準備するとか、他のクラスを見て回るとか聞いたけど」
それを聞いた浅枝も、俺と同様の不安を滲ませる。
「そんな事でいいのかな」
「私もそう言ったんだけど、段取りが終わったら、毎年3年はこんな感じなんだって」
聞けば、主催者として校内を巡回するという口実で、2人はあちこち見て回るという。つまり、後は俺達2年に任され、試されていると?
阿木は微かに笑いながらも、重く頷いた。浅枝は、静かに割り当ての計算に没頭する。阿木はそれを横で眺めて、実行委員から上がって来た要望&クレームに目を通して。そんな様子を見ながら……もし俺が会長になったとしたら、このまま持ちあがる。そんな景色が自然とイメージ出来た。
2人は有能で、実行委員とのチームワークも良好で、これはなんて居心地の良い。もしここに右川が居たら、せっかくのチームワークが滅茶苦茶になる。
やっぱり、あいつは居ない方が。
「右川さんは?」
「さぁ。今日は朝から1度も見てないよ」
というか、あっちがワザと目の前に現れないようなので、結果的に見ないままになっている。どうせ今も陰でコソコソ、姑息に動いているだろう。
「それも作戦なのかしらね」
阿木は訳知り顔で、浅枝をチラと見て、(ここで、それを言っていいのかな?)と様子を窺っているようなので、「それって、どういう作戦?」と、こっちから促した。
「いい加減な事を言いふらすな!って沢村くんが怒るのを待ってる」
「それは何となく分かるけど」
「そして、ゴメンなさい。ワタシは身を引きます……」
4組は舞台で演歌でもやるのか。それほど〝女の執念〟に迫って見えた。
(永田さんも大変だな)
例え右川がどう出ても、最後の切り札は健在。問題は無いと言っておく。
問題は、その1番最初の部分なのだ。
肝心の〝動機〟。俺が右川を擁立する〝動機〟。
「さっき、後夜祭でヴァイオリンの演奏をしたいって言う男子が来たわよ」
「うちの男子に、そんなのが居るの?」
純粋に驚いた。浅枝曰く、「それ1年4組の後藤くんです」
「最後の1曲に、今年は、そういうのも良いんじゃない?」
永田さんと過ごす最後の文化祭。阿木は一抹の寂しさを漂わせた。
「後夜祭の担当に、OKって事で話を進めとくね」
そこでノリの電話を着信。
『バザーの棚になりそうなヤツ、どっかに空いてない?』
どんなのが必要なのか、要領を得ない。聞けば、そこに右川も居ると言う。
「ちょっと出てくる」
いつまでも逃げ回る訳にも行かないのだ。
こっちが何を言ってもいない内から阿木は、
「そうね。あの子には無駄な時間を与えない方が良いかもしれないわね」
また強引に廻り込んで、逃げ道を塞いでくれたな。……否定はしない。
桐生の事情もちょっと気になって、5組まで様子を見に行く事にした。
廊下で、こっそり中の様子を窺うと、右川はやっぱりいつものゴム手袋。
ちゃんとクラスの準備を手伝って……というか、自分の持ち込んだ雑貨、マグカップや陶器の色々を並べて、「こんなダサいの店で使えない」と、1つ1つのダメ部分を説明していた。
見れば、どっかの景品らしき同じような陶器や弁当箱が並ぶ。そのゴム手で、制服シャツの袖を少し巻くって……そこで、右川と目が合った。
だからなのか。
「ちょっと1組に行ってくる♪」
さっそく、逃げ出すか。
そこを、「何で1組?何の用で?」と桂木に突っ込まれた。
「この密封陶器に、ちょいと桐生先生のサインを貰ってくるよ♪」
さっそく俺から仕入れた情報を駆使して、品質のレベルアップを謀るか。
確かに、それならどんなにダサくても女子の間で取り合いになるだろう。
だが〝桐生先生〟とは。さっそく桐生に、一体何を教わっているのか。
そして、いつの間にか、俺が思ってる以上に、右川は桐生と接触している……。
「お!元カレが来てるぞ」
見つかって、お決まりの如く冷やかされた。右川は何の反応も見せず、紙袋に雑貨を詰め込んでサッサと教室を出て行って……もう桐生で頭が一杯か。
当然というか、いいタイミングとは思えない。今は俺の方が、顔を合わせたくない。右川を追って1組に行くのは止めた。
「バザーの棚は、他所のクラスで使わない机を借りてもいいよ」とノリに伝えて、その場を後にする。このまま真っ直ぐ生徒会室に戻るのも気が引けると、ついでに他を見て回った。
ほとんど準備は出来ているようで、やっぱりというか、お化け屋敷、カフェ、意味の分からない展示物、それらは今年もお約束のように乱立している。
家政クラブを通りがかると、朝一番、右川が顔を出したと聞いた。
これはオタフクソースでもう1個♪と、やっぱりダメ出しをしたらしい。
「部長をピクピクさせました」
1年のお化け屋敷では、右川は血糊を奪ったまま行ってしまったと文句を言われて、「彼氏さんから、返すように言ってくださいよ」と、ニヤリとやられる。
相手が後輩であるのをいい事に、これは放り出す。
〝もう、いらない。おまえなんか生徒会に来んな〟
〝他人に甘えるな。おまえは生徒会で切磋琢磨しろ〟
今はもう、どっちでも無い気がした。右川とは、元から活動フィールドの違う人種と思えばいい。今さらだけど、出会う前に戻るだけ。
3年間、口も利かないまま過ごすかもしれない、一介の女子だ。
あれだけ世話してやっても、俺は〝ゴミ〟。先生の替わりは他にも居る。次は桐生が好いように利用されるだけの事。生徒会の備品よりは数倍、いい物を貰えるだろう。いつもどこかの女子が、絶えず桐生にプレゼントを持ち込んでいると言うし。
くさくさして、松下さんを訪ねてみたくなってクラスを覗いた所、誰も居なかった。黒板に〝カラオケ店でリハーサル中!〟の文字だけが躍っている。
「秘密の特訓か」
誰も居ない教室に、ぽつん、と俺一人。
まるで世間にフラれまくっている。
ぼんやりしている所を3年女子に見つかって、「あー!ちょっと来て!」と袖を引っ張られた。行けば、男子の先輩が軍手にトンカチで奮闘中。
ここは模擬店を展開するらしいのだが、何だかセットが壊れたらしく、
「あそこの1番高い所、持ち上げてくれない?」
快く引き受けて、一緒に修理を手伝った。こんな事はよくある事で、生徒会は何でも頼まれるし、何でもやらされる。
「おお、さすが次期会長!」と今度はこっちが持ち上げられた。
メニューを見ると、この模擬店は結構種類が豊富のようだ。
ホットドッグ、ポップコーン、焼きそばなんかは毎年どこでも見かける代物だが、五穀米お握り、マッシュポテトは3つの味を選べて、デザートはアップル・ケーキ、ピーチ・ゼリー、クリーム大福、コーヒークッキー……どれも本格的で美味そう。ノリに頼んで、明日のお昼はここで買ってきてもらうと決めた。
(中庭グルメ・ストリート、全敗)
3年は受験でそれどころじゃないと、簡単に展示で取り繕ったクラスもあるが、最後なんだから力入れたいよね!と、模擬店&ステージに涙ぐましく奮闘するクラスも、少なからずある。去年も、そういう突き抜けた底力で、感動とかサプライズとか、かなり困る暴走とかも生んでいた。
そういった事をひっくるめての〝文化祭〟。
俺はドーンと生徒会に居て〝1度受け入れたら邪魔はしません〟というスタンスの元、そういう出来事を絶えず驚く側で見ていたい、というのが本音だ。
……会長って、こういう気持ちなのかな。
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