God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭
文化祭 初日の1日目

〝桐生くんのサイン入りデート付きお弁当箱〟

土日に掛けて行われる2日間の文化祭、その1日目。
グラウンドでの開祭式では、委員長が今年のテーマ〝all as ONE〟を掲げて、猛々しく、開催を宣言した。
土曜日、一般客は午後からがピークとなる。
双浜高は今のところ一般の入場を規制していないので、基本見学も自由だ。
だが、あちこちで警備係の先生が目を光らせているので、ちょっとでも怪しげな態度を取れば要注意人物として〝警戒〟というレッテルを貼られ、どこを歩いても注視される事は否めない。
生徒会では、俺と阿木、浅枝の3人を中心に、委員会も入れて、交代で金庫の管理を任されていた。要は生徒会が3人の内必ず1人はここにいて、出来れば委員会も入れて2人以上に組み、たまにやってくる両替やら預入やらに応じていればいい。当番は1時間交代と決めているので、それ以外は文化祭を普通に楽しむ事も可能だ。
「明日の後夜祭って、何時からだっけ?」
後夜祭は明日の午後5時から7時まで。
まだ1日目が始まったばかりだと言うのに、朝イチでやってきてそれを尋ねた女子は、ついでのようにお菓子を奪って行った。
俺の出番を言えば、今日はさっそく3組の合唱がある。バレー部の模擬店の様子も気になるし、当然ステージも。吹奏楽とバスケ部のステージ時間は、それとなく近くに居てやらないと。
昨日。
閉門ぎりぎりの事である。突然やってきた吹奏楽部の部長にねじ込まれ、監視及び警備は生徒会ではなく、実行委員会に託された。単純に時間と人数が理由である。
「ということで、生徒会の責任の元に、実行委員で人集めてよ」
ぎりぎり学校に残っていた松下さんが、会長の意志を聞くまでもなく(別の言い方をすると、勝手に)決めた。「もっと早くに言ってくれたらいいものを」
吹奏楽の、傍迷惑な嫌がらせは健在である。
右川は、やっぱり来ていなかった。
開祭式で見掛けていないので、そうだと分かる。……とことん。
何で誰も呼び出そうとしないのか。それを阿木に言うと、
「そう言えば、去年も来なかったわね。部長さんも見放してたし」と、呑気な。
「何で、怒んない訳」
「だって、強制する訳にいかないじゃない」
阿木は呆れて、「あのさ、そういう事は昨日のうちに言ってくれない?」
引き止め作戦を頼んだ訳ではない。苦しくも、吹奏楽の迷惑と同等に俺は扱われてしまった。だが、これだけは言っておきたい。
「周りが甘やかし過ぎなんだよ」
すると浅枝がプッと吹き出して、「それ、うちの親の口癖ですよ。沢村先輩、パパですか」
それに、阿木もツボった。
……何だか急激に居心地が悪くなった……。
3組がそろそろ集合時間を迎えるので、阿木と浅枝に後を頼んで、俺は体育館に向かった。
舞台袖で控えていると、進藤がやってくる。
「沢村くん、カズミちゃんは?」と、さっそく。
「あれ?進藤の彼氏じゃん」と、返り討ち。
途端に周囲が食い付いて、「どれ?」「白いパーカ?」「お茶飲んでるヤツ?」「最前列のデジカメ?」「それはおまえのパパだろ」と、進藤は囲まれて蜂の巣になった。……いちいち右川の現状を、俺に確認すんじゃねーワ。もう2度と。
一般客の入り具合というのは、それほど気にもならない。
ステージから見ると客席が真っ暗になるから、かもしれない。俺は背が高くて目障りという理由で3列目の端っこに甘んじているから、かもしれない。
すぐ横が舞台上手ぎりぎりと言うこともあってか、舞台袖で次の発表を待つ5組の永田に、絶えず背中をくすぐられていた。てめー、いい加減にしろよ。
歌うどころじゃない。3曲は、永田から嫌がらせを受けている間にアッという間に終わった。
「やる気あんの?声よりピアノの方がデカくて、嫌なんだけど」
ピアノ奏者が苦情を唱えて、最後に退場。
厄介な合唱(?)が終わり、解放感に浸りながら外に出ると、体育館の入口では桂木が投票箱を抱えてウロチョロしている。
俺を見つけて、「あ!ちょっと頼んでいい?10分で戻ってくるから!」と投票箱を俺に預けてどこかへ行ってしまった。……トイレか?
結構さばけたキャラのように見えて、そう言う事はズバリ言いづらいのかと勝手に考えていたら、きっかり10分後に戻ってきて、
「ピアノの原さんに、永田と2人きりにしないでってお願いされちゃって」
トイレではなく、永田が歌う間、桂木は舞台上で楽譜をめくり、ピアノ奏者に寄り添っていたという。
「ジャイアンのくせに、前前前世を歌うなっつーの。もぉー!」
桂木は、俺の首を掴んで揺さぶった。今はまだ投票箱で手が塞がっているのをいい事に、俺に八つ当たり。
「はい」と何やら寄越されて、見ればキットカット。
「沢村のバイト代ね」……まー、貰っておく。
「これって、何の投票?」
桂木の言う事には、これは投票箱ではなく、抽選箱らしい。
「よそから箱だけ借りたの」と言った。
「〝桐生くんのサイン入りデート付きお弁当箱〟に女子が殺到して、取り合いになっちゃってさ」
まさか、そんな事になっているとは。
「デート権……よく考えたな」
なんて感心している場合か。桐生は、右川に好いように使われている。
「あのチビ、来てないだろ」
「うん」と、桂木は困ったように頷いて、
「こういう後始末を全部人に任せて。もう、何やってんのかな」
常識感覚を持つ人類を発見。それだけで報われた気になる。
「これから抽選会なんだよね」
じゃあね!と、桂木は飛んで行ってしまった。
そろそろ、浅枝と交代か……俺も足早に生徒会室に向かう。

お昼を少し過ぎた頃。
バレー部のおでんは好調な売れ行きを見せ、部員が身銭を切らなくても、どうにかなりそうだと聞いて、ホッと一安心。
「チャウダーは味わいたい気もするなぁ」と、目を細める松下さんに、「家政クラブの味噌汁と戦えるぐらい激ウマらしいですよ」と、数少ないグルメ情報を投じておく。事実、武闘派が、そんなプラカードを掲げて宣伝して回っていた。
どんどん温度が下がる。これ以上、家政クラブを敵に回したくないのに。
未だ、ステージ発表の全貌を明らかにしてくれない、武闘派であった。
本日学祭終了後、黒川達と作戦会議のため、カラオケ店に集合!となっている。
それまでに、今よりは情報を集めておきたい所。ノリに電話して、あの美味そうな模擬店でお昼を買ってきてもらうよう頼んで……その時、それは突然、飛び込んできた。
「中庭にゲリラが出たぞ!」
聞けば、誰だか3年生がギターを片手に、勝手に路上ライブを始めたらしい。
それが人の波に混乱を来しているのでどうにかして欲しいと、一般客が直接、生徒会に訴えてきた。松下さんが早速向かった。俺も様子を見に行きたいと言うと、阿木が快く交代を引き受けてくれる。
向かった所で、もう誰も居ない。
「3組の荒木だった。すぐ逃げられたけど」
また別の場所でヤラかす可能性もあると、松下さんから〝警戒〟を言われる。
「最後だから弾けたいんだろうけど。お堅い合唱なんかじゃ我慢できなくて。ヤケになってる」
悶々とした気持ちを持て余して、飛び出してしまう輩。
松下さんは、その目に同情を湛えて、
「通報されたら、そこから5分だけ目をつぶって、追い払ってくれ」
ハイ。
来年も、そうします。
生徒会室に戻るついでにバレー部の模擬店に忍び込み、裏からこっそりチャウダーを貰って、その場を後にした。
「夕方まで特に何もないから、ここは俺1人でいいよ。何かあったら委員会に声掛けるから」
俺がそう言った途端、阿木と浅枝は、大喜びで出て行った。
……相変わらず、充実してるようだな。
ノリに買ってきてもらったお握りと総菜をパクつきながらチャウダーを味わい、アクエリアスを飲み、キットカットを齧り、パソコンを開いてスマホを覗いて……一応、桐生に来るようにラインしてみた。
模擬店に忙しい様子に見えたから、来れるかどうかは分からないが、念のため。
謎の相談事も気になるし、デート付き弁当箱のその後も訊きたい。あと、色々。
俺はスマホ画面をスクロール、しばらく悩んで……これも逃げて通れないか。
『桐生の弁当箱バカ売れ。バレー部のチャウダーは激ウマ。イケメン3年ギターソロが掟破りの絶好調。だーかーらー、今からでも出て来いって』
右川にラインした。
切り札は、ここには居ない。となれば、最終兵器〝物で釣る〟。お菓子を好きなだけ食え!と言った時の、右川のエクボと目の輝きを、俺は見逃さない。
家政クラブを凌ぐというチャウダー(ユニークではあった)に希望を託してスマホを閉じる。
その後、両替が、ぽつぽつとやってきた。
1度、剣持と藤谷が、明日の後夜祭の色々を相談&ノロケにやってきた。
永田バカが、頼んでもいないのに〝巨乳・爆裂DVD〟を差し入れにきた。
売れて売れてしょうがないという3年お好み焼き店が、「怖いよう、怖いよう」と言って、大金を預けに来た。
「忘れ物だよ」といって、傘……いつのだ?今日は降ってないゾ。
「落ちてた」と、タオル……汚れてズタボロ。落ちてたじゃなく捨てられた?
「ここでいいの?」と、パスモ……これは職員室経由で、恐らく警察行き。
次々と届けられた。
そこにラインが着信。桐生だった。
『アレ、もう忘れて。てゆうか、玉砕!終わったワ』
桐生がフラれた?!
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