God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭

20万

後夜祭の準備は着々と進んでいた。
音響などの機材に始まり、真ん中のオブジェ(?)まで。
実行委員を総動員で設営となる。
出演者がやってきて音合わせが始まった途端、メンバー男子目当ての女子が浮かれて浮かれて、ここで模擬店の残り物を持ち寄ってささやかなパーティーまで、おっ始めようとした。そんな女子目当ての男子その他も浮かれて浮かれて、きっと片付けも何も放り出すだろう。
「だからその前に1度、お金を集めて回る事にしたの。どうせ殆どは、もう片付けてるでしょ」
集金袋をブラ提げて練り歩く阿木&浅枝とは、階段の踊り場ですれ違った。
4時を過ぎて、そろそろ太陽の日差しも傾き、空にも陰りが出始める。
穏やかな天候のお陰で、2日とも来客には恵まれたと言えよう。焼きそば・たこ焼きを始め、主食となりうる店はおおむね繁盛し、軽食、カフェもそれなりに集客があった。
打ち上げは、どこもそこそこ、盛り上がるだろう。来客と大きなトラブルもなく、ゲリラも今日は大人しく、来年もこれだけ順調に運ぶといいけど。
呼ばれたので桐生を探して1組に入ると、テーブルなどの大掛かりな物はすっかり片付いている。数人が、残った品物を段ボールに詰めていた。昨日の店番女子を見掛けて、
「今日どうだった?」
「朝から全然見てないよ。お客も。お札も」
そこに桐生がスリ寄ってくる。「らす」と、手を挙げて到着を合図して見せると、「らす♪とか言っちゃって。元カノの癖が抜けてないぞ」と笑われた。
こっちは手を挙げたままの姿勢で、しばし固まる。〝らす〟とは、どんなシチュエーションでもイケると、つい便利で使ってしまう意味不明の言葉だ。
「ところで、用件って何」
「あ、これ……」
そこで桐生は、くしゃくしゃの千円札、500円玉、その他小銭を、俺にごっそり手渡した。
「これに入れなよ」
女子に気の利いた封筒を渡されて、とりあえずそれに放り込んでみたけど。
「これは?今日の売上?」
「だーかーらーって、オレも抜けてないな」と、桐生は苦笑い、
「あの、ほら。例の1万円。悪かったな」
すると桐生の背後から、部活も何も別で繋がりの見えない男子が2人、スッと近寄る。それは桐生の盾になり、俺に対峙して、まるで3対1の様相を呈した。
ここで囲まれるとは……次第に、喉の奥から嫌な感情が込み上げてくる。
〝友達、選べ〟あの時の重森の声が蘇った。
1万円。
重森じゃなかったのか。
女子を振り返ると、訳知り顔で頷く。まさか謀ったのか。お金がちゃんと戻ってきたから良いってもんじゃない。この状況で、俺は何を言えば。
「あ、もう先生とかに話行っちゃった?」
「それって、もう遅いって事?」
「いやマジで!そんな大ごとになっちゃったらマズイっしょ」
俺は3人の顔を順番に眺めた。
何を悪びれるでもない。邪気を全く感じない。そこが、おかしい。
3人共、ここまで極悪レベルだとは、正直思っていなかった。目立つグループではあるけれど、そこそこに真面目な集まりだ。ここで俺が何を言っても、硬い事言うなと白けてしまうのか。
「つーか、桐生。沢村の、このドン引きは……何か勘違いしてると思うよ」
桐生と俺は顔を見合わせた。
「や、違う違う!盗んだのはオレらじゃねーよ」
1組に残っている数人が、顔を見合わせて互いに頷く。
「このクラスの事だし。この1万円はみんなに声を掛けて集めてさ。お金が戻ってこなかったら、おまえが困るだろ。まさか、もう自腹切った?」
事の次第が分かるにつれて、やっと身体の力が抜けて……何だろう。出会って以来、初めて桐生を世界一イケてると感じた。今なら抱かれてもいい。
一瞬でも、みんなを疑ってしまった。
俺は全てを正直に話し、「ごめん」と真摯に謝る。
それなのに、「酷ぇッ!」「ひっどーい!」と桐生達以外のギャラリーから非難の矢を轟々と浴びた。「だーかーらー、チビにフラれんだよ」と笑われた挙句、「生徒会で買えっ」「食えっ」「逝ってくれっ」と売れ残りのヌイグルミを、次々とポカポカと投げられた。
そこから、1組総出のヌイグルミ投げ祭りに発展。
「あーあーそうだよ。疑われ番長!どうせ、オレんち貧乏だ。みんな拍手!」桐生が煽ると、「1番人気イケメン桐生くんに疑惑フラグがたちました!みんな拍手!」何故かポコポコと俺が喰らった。それは甘んじて受け止めるけど。
「もう十分、盛り上がっただろ。勘弁してくれよ」
悪ノリ全開の桐生を、猫パンチで黙らせた。
「松下さんが処理済みだから、もう1万円はいいよ」と、お金を返したら、
「いやっほー!打ち上げで使おうゼ」と桐生の一声に、周囲が一斉にワッ!と沸く。このクラスに於いて、初めて最高の盛り上がりを見た気がした。
(せーぜー充実してくれ。)
今回は未遂に終わったとは言え、結局、無実の周りが人知れず、補うことをやろうとしてしまう。その不条理を改めて感じながら、そこはやっぱり複雑な気分だった。当の重森なんか片づけにも来やしないというのに。
重森なら、の話だが。
もう真っ黒でいいだろ、この際。

4時半をとっくに過ぎた。
急いで生徒会室に戻って来ると、大変なことになっている。
阿木に背中をさすられながら、浅枝が嗚咽までやってのけ、泣いているのだ。
「どうした?」
ちょうど、いくつかの団体が売り上げを携えて入ってくる。
「悪いけど、一旦、実行委員で預かってくれない?」と、阿木はその場にいた委員に任せて、生徒会室から一時追い出す格好となった。
部屋には、俺と阿木と、泣いている浅枝の3人だけ。
「?」
状況が分からない。まさか速攻で石原と破局したのかと……そんな脳天気な事を考えている場合じゃなかった。
「さっき、2年生が来て……両替を」
両替。そんなのいくらでも来ている。そこで突然、既視感に捉われた。
2年生の両替。
「まさか、重森?」
それに浅枝が、こくんと頷く。作業台に乗っかった金庫が全開で開いているのを見て、一瞬で身体中の血の気が引いた。
「カギは!?」
「ごめんなさい!」
そこから何とか事情を語ろうとするのだが、浅枝は声も体も震えてちゃんと言葉にならない。
「その小口の金庫から、お札がごっそり消えたの」
浅枝に代わって、阿木が答えた。
「……いくら入ってた?」
「20万」
さっき、ちょうど集めて回った後だったから……阿木は、口元を震わせる。
「私のせいだ。誰かと一緒だと思い込んで、うっかり浅枝さんを独りにしちゃったから」
重森に、そこを狙われた……阿木は、悔しそうに口を結んでいる。
20万。
「わ、わたし、バイトしますから」
「そういう問題じゃ……ない」
金額が大きすぎる。
「永田くんに、伝えてくる」と、阿木がドアに手を掛けた。
「ダメだ!」
ただでさえ冷静になれないバスケ部員、そのトップが吹奏楽に殴りこめば、事がデカくなるだけ。
オレは知らない、重森が盗んだという証拠は無い、生徒会が勝手に無くした、どれでも言われてしまったら何も言えない。重森を立候補させないために、誰かが仕組んだと大騒ぎになるのが1番困る。そこは生徒会の金銭管理能力を疑われるばかりか、1番被害をかぶるのは……。
「あたし、退学ですか?」
浅枝は顔を両手で塞いで、机の上に突っ伏した。嗚咽はひどくなる。
俺は、その肩に手を乗せて、
「退学なんて、そんな訳無いって。大丈夫」
気休めでも、ここはそれぐらい言わないと自分が許せない。
これは、重森をグレーで野放しにしてしまった俺の責任だ。
「これは2年生の問題だから。だから会長には言わなくていい」
あなたにそんな権限あるの?それとも何か、うまく取り返す良い方法ある?
阿木に計られている。俺は、そう感じた。
「後夜祭が終わるまでになんとかしよう。残ってるヤツに声かけるとか、できるだけ」
集めよう。
あぁ、また同じ事の繰り返しだ。
本当は1番したくない事なのに、〝行動と気持ちが、逆〟だ。
誰かが外からドアを乱暴に叩いた。それに驚いて、こちらは3人が同時に跳ね上がる。「ねー、居ないの?」「井関委員長は?」「松下さんはぁ?」「ダンボール大量だよ。どうすんの?」何の返事もない事に諦めて、足音はそのうち1人、また1人、何処かへ消えて行った。
俺達は一言も発せず、身を潜めて、まるでこっそり忍び込んで悪事を働いているような後ろめたい気持ちになる。
「……松下さんは?」
「1位入賞だって。今頃、クラスで打ち上げの準備」
結果発表。すっかり忘れてた。
松下さんに、またこっそり電話して……だけど20万なんて。いくら松下さんでも、正直、何の手だても思い浮かばないだろう。無条件で頼めそうな大人も限られる。先生とか親とか。そこでちょっとだけ、山下さんが浮かんだ。
それは1番したくない。
こうなったら、重森と直談判して取り戻すしかないと思った。
俺に出来るだろうか。味方と勘違いさせて、気持ちとは真逆の態度で。
そこで耐えきれなくなったのか、浅枝が泣きながら部屋を出て行った。
それと入れ違いに……こう言う時に限って、右川がのこのこやってくる。
1度俺に向けて驚きと怯えをゴチャ混ぜにしたような様子を見せた後、すぐに阿木に向いた。
「チャラ枝さん、何かあったの?」
言うな。
阿木には通じた。
右川が、「来たよ。スマホ返して」
差し出した手には、山下さんに買ってもらった腕輪、小さな石が誇らしく揺れている。てゆうか、震えている。
依然、俺を恐れているのか。その様子を眺めながらフンと鼻で笑う。
まだ文化祭、終わってねーだろ。だが、こっちが今は説教どころじゃない。
右川は、スマホをすんなり返された事を、どこか疑って掛かりながらも咀嚼して、「じゃ」と静かに出て行った。
どれぐらい時間が経っただろう。
「右川さん」
ややあって、阿木が重い口を開いたと思ったら、
「帰るね♪って、言った?」

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