God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭

シゲモリクン?

おまえだって、運命の女神を待てと言われただろう!
阿木の推察通り、あの後、右川は浅枝を追いかけ、涙の事情を聞き、カネ野郎!とばかりに、ノリノリで仇打ちに行ってしまった。
後夜祭はとっくに始まっている。賑やかな音が聞こえる。
俺は清算の一切を阿木に任せ、右川、そして重森を探して、1組、教室、体育館……渡り歩いたがどこにも居ない。一体どこで暴れるつもりなのだろう。嫌な予感が加速する。
やっと手掛かりを掴んだと思ったら、
「重森?後輩に呼び出されたとかで、出て行ったよ」
「どこって、知らねーよ。コクられるかもしれないって浮かれてたけど」
んな訳ねーだろ。
恐らく、右川がそういうエサを投げて重森を誘い出したのだ。まさかと思うが、そのエサが浅枝って事は……ありうる。重森は、浅枝が単独でお金を取り戻しにやって来ると思い込んでいるかもしれない。やっぱりどこかで浅枝を狙って……まさかと思うが、エゲつない要求を用意して待ち受けているのかも。
後夜祭は3年女子バンドの演奏に移っていた。よく見るとそれはサッカー部武闘派の女装で、ドッと笑いが起こるその横を、恨めしく眺めながら通り過ぎた時、次が出番だと緊張の面持ちで待っている剣持と目が合った。
髪の毛を真っ白に染めて、衣装も何も力入っている。応援団の女子に紛れて、当然のようにその隣は、藤谷が独占していた。
「ねぇ、明日中にどうにかしろって言ってくんない?」 
誰に何を頼んでいるのか。
こっちはそれどころじゃないと、半分イラッとしながら、「何だそれ」
「1組に頼まれて、部室にダンボール置いたんだけど。明日中に片づく?」
当事者に直接言えって。
本気で答えが聞きたいなら、こんなの2度手間以外の何ものでもない。
「元カノと待ち合わせか?」
剣持まで何を脳天気に。
「チビ太郎、とっくに線路を越えた。あんまり待たせると、またフラれんゾ」
藤谷という彼女の目の前ではありながら、俺は思わず、剣持に抱き付いた。
その背中を何度も叩いて感謝していると、
「俺かよ。チビとか黒川とか、どうすんだよ」
くだらない過去に付き合っている場合じゃない。
さっそく、その疑わしい現場に向かった。
校庭の真横にはテニスコートが2面、それと平行してプールがある。
更衣室に阻まれて、その先のプールは全容が殆ど見えない造りになっているのだが、そこを何とか攻略して生写をGet!……しようとして柵を破壊した永田の尻拭いが思い出された。
プールと並行して単線の線路が走っている。そこを越えた辺りに、ボールが迷い込んだから取って来~い!の山とか丘とか草っ原とか雑木林とか溜め池とか……あるのだが、どれを取っても嫌な予感を助長させるに十分な環境だった。
特に溜め池は、厳しい。いつも仄暗い池の底。
恐らく泥とかヘドロとかが地底にうごめいている。
実話として、その昔、池に落ちた外人さんがヘドロに埋まって出られなくなった事があるとは、先生から聞いた事があった。その後も、ここに落ちた女子高生が沈んだまま今も助け出されるのを待っているんだよっ!とか、恨み忘れず近付く者を泥に引きずり込むんだぁ~!とか、オドロオドロしい池の外観に向けて、死体が歩くとか、ゾンビが泳ぐとか、双浜生が(勝手に)弾みを付ける。
……ここは、そういう場所だ。
池面には、何処でも見られる空き缶やゴミ、宿題らしきプリント、虹色の油が浮いて浮いて……その深さも汚れ度合いも、実の所、どれほどの物か想像がつかない。(見えるだけで十分だろ。)
後夜祭の音と光を遥か彼方の向こうに置いて、溜め池は薄暗闇に沈んでいた。
そこには幅30センチあるか無いかの、手すりの無い1本の橋(と、言えるのか?)が対岸まで掛っている。
その橋板の上、薄暗い光を背負って2つの影があった。
右川と重森。
草むらに隠れて様子を窺っていると、細い橋板を危なげに辿りながら、2人はもう既に揉み合っている。真ん中あたりに差し掛かった所で、1人、池に落ちた!嫌な予感が、さっそく的中!
落ちた1人はモガきながら、もう殆ど溺れながら、橋板につかまりたくても掴めないといった状況でバタバタと暴れていると思ったら……ドボン!
……10秒経った。浮いて来ない。
という事は……見物している場合じゃない!
重森ならどうにか。だがあのチビでは到底、足が届かないだろう。ヘドロに埋もれる。いくら浅枝の仇打ちだからって、そういう未熟なスペックで池なんかに、のこのこ来るなよ!
俺は半分もつれるように駆け出して、池に走り込んだ。
冷たい!というか、キンキンの水に刺されて凍りつくように痛い!
5歩進んだ所で急に深くなり、足を取られ、180大台の俺でも見事にドボンと沈んだ水中、一瞬で広がった泥水に視界を奪われながら、溺れそうになって暴れる男子を掴んで抱きかかえ、辿り付いた池のほとりに2人揃って倒れ込んだ。そう、俺が掴んだのは男子だった。女子ではない。
溺れかけたのは、重森の方である。
「俺は……あれに……殺されるっっ!」
重森は泥にまみれて何度も咳込み、息も絶え絶え、「死ぬかと思った……」
その怯えた顔が、さっきまで俺の凶器に脅えていた右川とダブった。
だけど、笑えない。
「俺、泳げない……」
「だったら、危機感、感じろよ」
いくら気になる後輩に誘われたからって、池なんかにのこのこ来るな。
こっちは水と泥に体温をどんどん奪われ、寒さで震えながら、それでも、「クソほど寒い……」と震える重森の体から、泥を払いのけてやった。これは下心以外の何ものでもない。この後の展開を考えて、ここは嫌でも機嫌を取っておく必要があるのだ。その間ずっと、こっちの右ポケット辺りが、ちゃぷちゃぷ言う。迷いが無かったと言えば嘘になる。覚悟で飛び込んだとは言え、スマホはもうダメだろう。くだらない恋バナも桐生のラインも、全部さよなら。
無傷で橋のド真ん中、仁王立ち、「きゃははは!」と勝ち誇ったように笑う。
くそチビ。
「カネ森!沢村なんかに助けられちゃって、あんた最高かっこいいじゃん!」
「ああああーーっ!」
重森は泥水を散らして、震え立った。それを抑え込んで、俺は橋に駆け込む。
「右川っ!おまえ……重森が……死んだらどうすんだ!?」
「あんた人の事言えんの?!あたしの事、殺そうとしたくせに!」
まだ言うか。
お互いの叫び声が風を起こしたのか、水面に波状を描いて響き渡る。
俺が一歩前に進むと、「来るなっ!近寄るなっ!」と叫んで、右川は後ずさった。
まだ怖れてくれるらしいが、もう笑えないって。
「それで、金は取り戻したのかよ」
右川は、ぶるぶると首を横に振った。
重森をムダに怖がらせた。それだけ。溜め息しか出ない。
「もういいから、こっち来い。用心しないと、今度はおまえが落ちるぞ」
「嫌だ!来るなっ!助けて!助けてっ!重森くんっ!」
シゲモリクン?
誰だそれ。
俺はア然とした。
突き飛ばしておいて、その重森に助けを乞うとは。そして、重森なんかに助けを求めてしまう程、おまえにとって、そこまで俺は極悪なのか。
俺自身の名誉の為に言っておくが、こっちは、池に気を付けろと親切に忠告したのであって、今から突き落としてやるゾと脅した訳ではない。
重森は橋板に四つん這いで、
「た、助けるだぁ!?フザけんな!おまえなんか死ねッ!」
だよな。
「いいから誰か人呼んで来て!早く!重森くんっ!お願いだってばよ!さっきの事は謝るからっ!」
やりあった筈が謝られ、そして拝み倒されるという立場を把握できず、重森は泥まみれ四つん這い状態のままでポカンとした。
目的のためなら手段を選ばない。変幻自在。ここまで来ると、あっぱれだ。
重森は、頭から流れ落ちる泥水を何度も拭った。寒さで居心地が悪い事も手伝って、本気で誰かを呼びに行ってしまいそうな雰囲気なので、「誰も呼ばなくていいからな!」と俺は釘を刺す。
「重森くんっ!永田会長かアギング、どっちでもいいから呼んできて!」
「どっちも要らない!」
「チャラ枝さんでもいい!まだ居る!重森くんが来るのを待ってるから!」
「ウソだ!」
重森は、俺と右川を交互に探って、普通に混乱している。
「こういう時のための生徒会でしょ!呼べっつうの!重森早く!何でもオゴるから!急げぇぇぇ!」
目的の為なら嫌なヤツにも媚びへつらうか。
ここにも、気持ちと行動が逆という人間が居たか。
「行くな重森!どうせその隙にこいつは逃げ出す。俺らにこの修羅場を丸投げ。いつかのように怒られんのも笑われるのも、俺らだ!」
俺は右川に駆け寄って、その腕を掴んだ。
「離せ!痛いから!てゆうか、あんた汚いんだけど!」
滅菌がどこまで通用するか見てやる。俺の両手は怒りと泥でまみれているぞ。
その時、足もとの橋板がグラッと傾いだ。
「危ねっ……!」
俺は咄嗟に右川を切り離し、腕でバランスを取ったお陰で、危うく転び落ちる事を免れて無事に体勢を立て直す。この不安定な足元、橋板は、体育倉庫に眠る古い平均台を連想させた。
見ていると、右川も体勢を取り戻そうと、両腕をバタバタと懸命に動かす。
だが、
「わ、わ、わ、ヤバい……ムリ!ムリ!落ちる落ちる落ちるからっ!」
いつもの大袈裟か?
ハッタリか?
こっちが手を伸ばした途端、突き落とそうと企んでるのか?
だがよく見ると、その背中は反り返って、不安定と言えば不安定。
目は半泣きで、それはさっき俺を恐れた時と同じ……咄嗟の判断、俺は迷わず、右川の腕を掴んで引いた。
反り返った体勢から引っ張られた反動、その体は弾んでこっちに飛び込む。
「ヤバかった……ガチで。ぅぐぐぐぐぅ」
よっぽど危機感を感じていたのか、右川は、肩で大きく息を繰り返した。
こう言う時、思うのだ。
右川という人間が分からない。
プライドをうっちゃり、重森に〝助けて〟と躊躇無く言えるおまえが、どうしてこういう肝心な、まさに本当に助けが必要な時に限って〝助けて〟とストレートに言えないのか。〝ありがとう〟もまた然りだ。助けてやったのに。
右川が息をする度に、制服シャツ越し、その体温がわずかに伝わる。カイロ。温シップ。冬の缶コーヒー。いつだったか頼まれて取り替えた白熱灯の熱球。それぐらいは温かい気がした。やっぱり小っせーな。
ここまで接近した事は、今まで1度も……あった。あったな、確か。
「クサっ」
突き離された。助けてやったというのに、何て言い種だろう。
右川は全身が泥だらけ。汚泥と同等の扱いで俺を追い払うと、
「か、会長呼んでっ」
まだ言うか。
「だから早くっ!カネ森ッ!生徒会ダッシュ!」
「カネ森は動くな!」
「あたしはさ~♪これでも生徒会の事を考えて言ってんだけどぉ~♪」
近年、世間を騒がせたミュージカル調。トーンの変わった声色。これはハッタリのプロローグだ。声は少々震えているが、俺には分かった。
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