God bless you!~第6話「その手袋と、運命の女神」・・・文化祭

俺の気持ちと行動は一致する

来るなら来い。
俺は構えた。泥を薙ぎ払い、寒さで震える体を抑え込むように腕を組む。
右川は、震える声をメロディに乗せて、
「永田会長、呼んだ方がいいと思うけどね~。考えてみなよ~。あんたが会長でさ~、こうゆうの聞かないまま卒業して~、それでもいいの~?あー、知らなくてよかった~、いつのまにか解決してくれちゃってよかったよかった~……会長って、全然信用されてないんだね~。肝心な時には無視なんだね~。あんたさ、そんな扱いでも会長やりたいって思うぅ~?」
ミュージカル調が、やけに耳障りで。だが、その意図は分かる。
自分が嫌がることを、他人には平気でやっている。そう言いたいのか。
ここもまた〝逆〟だと。
黙って聞いていると、ハッタリと知りながらも呑まれそうになる。いつもこうだ。このままでは、やっぱりいつもの調子で痛い目に合うかもしれない。
俺はこの話の流れ、主導権を取り戻すため、
「重森はちゃんと金を返す。だから、もういい。もう許す。これで終わりだ」
強制的に終わらせようとした。
そこで電車が線路を通過して、足元がまたグラリと揺れる。
それは電車のせいかと思ったが、そうではない。
「ちょ、ちょっと待てよ!何で俺がおまえに許してもらわなきゃなんだよ」
橋板を駆け込んで、いつの間にか重森が俺のすぐ後ろまで来ていた。
「あ、いやここは……そうでも言っとかないと。またおまえが右川に狙われてヤバイから」
「同情かよ。それで助けられたのは、俺の方って事かよ。舐めんじゃねーっ!」
いつかの置いてけぼりも含め、こっちは相当言葉を選んで忠告したつもり。
ひどい屈辱だと、重森はいたくプライドを傷つけられた様子である。
ここは重森に機嫌を直してもらわないとマズイ。
「あ、いや俺は、最初は……右川が溺れてると思ったんだよ。チビだし。ほら!重森と違って足も短いから。沈んだら一気だろ?」
だから、本来、助けたつもりは右川の方で。
重森は、断然余裕だと思い込んで。
苦し紛れの言い繕いは、やっぱりと言うか、重森には通じない。
「沢村!てめーは右川の奴隷かっ!」
〝奴隷〟
都合いい男子を通り越して、とうとう俺がそう見えるか。
静まり返った池の上。
微かに、グラウンドからは、ヴァイオリンの妙なる調べが届く。
さすがだ。こんな所に居ても、ちゃんと聞こえる。それはまるで、哀れと迷いを呼び覚ますようだ。
俺に助けられた事が屈辱だと、重森に責められた。
だが、助けようとしたのは右川の方だと言えば言ったで、俺を奴隷呼ばわりで逆ギレ。重森の複雑なプライドは、ぐらぐらと揺れている。
「金は絶対返さない。おまえらは終わりだ。来期は、俺の天下だからな!」
涙とも汗とも区別のつかない水滴が、ぽたぽたと重森の顔中を濡らし、それはいつの間にか泥を洗い流し、最後にそれは怒りで散らされて。
重森は……自分でも分かっているんだろう。どんなに立派な待遇を手に入れても、女子からはまともに相手にされず、後輩からもバカにされている。なんとしても生徒会という金看板を手に入れたい気持ち、わかると言えば分かるけど。
だからと言って、卑怯な手を使って盗みを働き、それを利用して生徒会にツケ入ろうとするその根性が許せない。右川じゃないが、本当なら、このまま重森を池に突き落として帰りたい気分だ。
俺の脳裏に、阿木と、泣き出した浅枝と、お金を取られたと嘆く1組が浮かんだ。阿木と浅枝は楽しい後夜祭を、そっちのけ。もう、それどころじゃない。
金を集めて回ったとしても、20万なんて大金、どうしようもない。
実際、書類上、ごまかしようの無い金額だ。
ここまで来て、いつかのようにグレーでは終われない。俺が、ここで取り返す。
俺は重森に近づいて、その襟首をグッと掴んだ。
運命の女神に囁く。
もう、ぶっ飛ばしていいんじゃないか。
「は、離せ……痛いって!」
寒さか、恐怖か、重森はブルブルと震えた。
20万。
重森は、きっとどこかに隠し持っている。最低クズ野郎だ。味方を装う必要は無い。力にモノを言わせて、追い詰めて、脅して、強引に奪い返せばいい。
俺と右川は、重森に向かう憎しみで一致している。右川は散々やっている。
俺ばっかり我慢しなくても、おんなじ運命の女神が付いてるなら、俺だって一度くらいは。
重森を掴んだその腕を、俺史上、1番の高さまで掲げた。
その昔、小学校時代、俺より10センチは背の高かった工藤にムカついてその襟首を鷲掴みにし、かといってその体を宙に浮かせるほどの腕力も背丈もその頃には無く、そのまま工藤をグラウンドに突き飛ばしたあの場面を思い出す。
不思議とこういう場合、人1人の体重が、重いとも軽いとも感じないのだ。
この無責任な質感。後から襲ってくるであろう苦しい後始末。
ここで粉々にしてやるとばかりに、寒さと怒りと、まさに〝謎の期待感〟で、俺は体中が骨から震えた。
このまま、もう1度、池に突き落とすだけでいい。
溺れる重森をアザ笑い、助けて欲しかったら金を返せ、と言えばいい。
ここに来て、とうとう俺の気持ちと行動は一致する。
あはははは……今期最高に盛り上がって、笑いたい気分だ。
その筈だった。
山下さんの姿が脳裏に浮かんでくる、それまでは。
俺を信じて右川を託してくれた、あの姿。それは〝憎しみ〟ではなく、〝正しい事〟で一致しなくてはならない。そう言われた気がして。
どうせ、どっちを選んでもツライのだ。果てしなく面倒くさい事になるのは同じだ。同じ事なら〝正しい事〟の方に従うべきだと、そうじゃないと……あのクオリティに俺は届かない。
重森をゆっくりと降ろした。
ヴァイオリンの音色が終わりを告げる。
俺は1度ため息をついて、橋板の上、両ひざを折った。
「頼む。お金、返して」
目を閉じると、泥水が頬を流れ落ち……。

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