雨の降る世界で私が愛したのは
檻の前まで近づいたが、ハルは一凛の方に顔を向けることなく雨を落とす低い雲を見上げている。
「ハル」
一凛はそっと名前を呼んだ。
気づいていないはずはない。
でもハルは一凛の呼びかけに反応しなかった。
「ハル」
もう一度名前を呼ぶ。
ずっと会いたかったハルがそこにいる。
でもその横顔は凍ったように動かない。
十年という長い歳月が経っているのだ。
「ハル、わたしよ一凛よ」
一凛は鉄格子を握りしめた。
手が冷たい。
傘を打つ雨の音が激しくなる。
ハルはゆっくりと一凛の方に顔を向けた。
黒曜石の深い目が一凛を捕らえる。
それは十年間一凛の記憶の中で輝いていた瞳だった。
「なにをしに来た」
ハルは低い声で言った。
その声は少し怒っていたがそれでも一凛は嬉しかった。
「わたしイギリスに留学してたの、そこでアニマルサイコロジーの勉強をしたの」
一凛はハルと会わなかった十年間を説明しようとするが気持ちばかり先急ぎ、上手い言葉が出てこない。
ときどき言葉を噛みながら話す一凛をハルは黙って聞いた。