雨の降る世界で私が愛したのは
三十分は経っただろうか一凛は一通り話し終えるとバックから本を取り出し檻の中に差し入れた。
「これわたしが書いた本なの、ハルに読んで欲しくて」
岩の上のハルを見上げる。
ハルはしばらく本を見つめたまま動かなかったが、やがてゆっくりと岩から下りて一凛の目の前に来た。
そして一凛の手から本を受け取った。
パラパラとページをめくる。
ぱたんと本を閉じると顔を上げた。
「ありがとう。読ませてもらうよ」
背を向けようとするハルを呼び止める。
「待ってハル。わたしハルにお礼を言いに来たの」
ハルは一凛に向き直った。
言いたいことはなんでも言え、と言っているようだったが、それは同時に一凛を突き放しているようにも見えた。
「ハルに出会わなければ今のわたしはなかった。ありがとうハル」
一凛は静かに言った。
「ああ」
ハルは低い声で答えた。
「また来るから」
ハルは黙って一凛に背を向けると檻の奥へと消えていった。