雨の降る世界で私が愛したのは


 依吹はすぐに一凛に気づき、「よお」と小さく言った。

「ここ濡れない?」

「ぎりかな」

 一凛はベンチに腰かける。

「じゃあここにしようっと」

 スケッチブックを広げ色鉛筆を取り出す。

 一番おおぶりな花を選んでスケッチを始める。

 ときどきスケッチブックの白い紙の上にぽたりと雨雫が落ちた。

 依吹の方を見るとスケッチブックを開いてさえもいない。

「描かないの?」

「描くよ」 

 依吹はスケッチブックを開く。

 そして動きを止める。

 ああ、と一凛は気づいた。

 依吹の色鉛筆のケースの中から紫色を取り出し依吹に差し出す。

「これだよ藤の花の色は」

 依吹は黙ってそれを受け取った。

 一凛は自分のスケッチブックに視線を戻す。

 横で依吹が手を動かす気配を感じると一凛もスケッチの続きを始めた。



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