雨の降る世界で私が愛したのは


 幼稚園のとき一凛の母親が教えてくれた。

『依吹くんはね、一凛ちゃんが見えるようにはいろんな色が見えないの。でもね、だからといって依吹くんがみんなと違うわけではないのよ、みんなと同じなの』

 依吹は自分と同じように目と口と鼻があって、同じ言葉を話して、同じテレビを見て笑うのに、依吹の見ている世界が自分の見ている世界と違うということが一凛にはとても不思議に感じられた。

 依吹はあんなに鋭い目をしているのに、一凛に見えるものが見えてないと思うと、なんだか悲しかった。

 いつの間にか一匹の猫が藤棚の下にやってきて雨宿りをしていた。

「ああっ」

 猫は鳴いた。

「どこから来たの?あなたは野良猫さん?」

「いたぁい、いたぁい、なぁい」

 猫は声を絞り出すようにして言った。

「お腹が空いてるのか」

 依吹は鞄から昼ごはん用のサンドイッチを取り出すと挟まっているハムを一切れ猫に向かって投げた。




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