雨の降る世界で私が愛したのは
 

 ハルの檻には寄らなかった。

 一凛の中でハルとの関係の何かが終わった気がした。

 初めてハルを見た時、その美しさに感動した。

 まだ幼かった一凛にハルは大きな衝撃を与え、その後の一凛の歩む人生を方向づけた。

 ハルに一度別れを告げたときや、日本を離れたときでさえ、それは本当の意味でのハルとの別れではなかった。

 逆にそれは真にハルへと続く道であった。

 でも今回は違う。

 今、自分はハルを超えなければいけない。

 それまでの一凛にとって自分の研究の先に必ずハルがいた。

 その目標を今、自分は手放さないといけないのだ。

 さようならハル。

 心の中でハルに呼びかけた。

 一凛は立ち止まり耳を澄ます。

 傘に跳ねる雨の音だけが聞こえる。

 その音を除くとあるのは沈黙だった。

 もうわたしには何も聞こえない。

 ハルと自分を繋ぐ何かは切れてしまった。

 昔のように言葉にならない何かを涙にすることはしなかった。

 哀しいことではないのだ。

 哀しいどころか喜ばしいことなのだ。

 一生懸命、頭でそう考え、自分に言い聞かせた。

 置いてけぼりの感情が一凛を見上げていたが、一凛は無理矢理それを握り潰した。

 強く握り潰し砕いてしまえば、それが消えてなくなることを願って。




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