雨の降る世界で私が愛したのは
黒い血だった。
心臓が高鳴る。
重症だというスタッフの血だろう。
いやでもまさかハルのものではあるまい。
依吹はハルのことは何も言わなかったが、もしかしたらハルも傷を負っているのも知れない。
一凛は壁についた血に目をやる。
見てもそれが人のものなのかハルのものなのかも分かるはずもないのに。
壁をこするスタッフの背中を見ながらふと思った。
自分はハルのことばかり心配している。
怪我を負ったスタッフは重症だというのに。
その人の家族のことを思うと胸がきりりと痛んだ。
でもハルは理由なく人を襲ったりしない。
何か深いわけがあるはずだ。
依吹が言う動物園側が自分に隠したい何かがそれなのだと一凛は直感していた。
ハルを守れるのは自分しかいない。
一凛は掃除をしているスタッフから一番近いのぞき窓に寄ると厚い二重のガラスを叩いた。